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第31話
「おや、これはこれは淫乱神父さま。朝からなんの御用で?」
ナチュラルに淫乱神父と呼ぶ、この根性の悪さ。
スチルコンプのためにいやいや落としたが、結局オレは最後までこいつが好きになれなかった。
基本的にこの執事、自分の主人であるヤンに対してすらこの態度なのだ。
我儘坊ちゃま、ぼんくら坊ちゃま等々、まあ腐すこと腐すこと。
最後の最後、裸でふたり抱き合う際に「親愛なる私の主人」とかなんとか囁かれようと、積年の恨みはなくならない。やかましいわってなもんだ。どの口が、てな。
「いえ、別に用は……」
たまたま通りかかっただけですし。
道端のアリンコを見る目で見られ、萎縮する。
内心腸が煮えくり返っているが、実際に目の前にすると威圧感がすごい。ザ・威圧感。
銀縁眼鏡をくいっとやる白手袋が目に眩しい。意味もなく土下座したくなる。
「ならさっさと……いや、通りでヤン様と遭遇してはいけないな。こちらへ」
「え、ちょ……ッ」
さっと腕を取られ驚いた。
慌てて振り払おうとするも、当然無理。半ば引きずられるようにして身体が門の内側へと向かう。まずい。
ここで引き込まれたら、得体の知れない部屋に閉じ込められる。閉じ込められたら終わりだ。
助けのこない密室、鞭みたいなおっかない小道具を携え現れたレフィに「当家の大切なご子息の視界に入った罪」として罰せられる。
散々鞭の柄を突っ込まれた挙げ句、まだ足りないんですか? 本当にはしたない神父だとかなんとかいいながら、興に乗ったレフィ自身に犯される。
知ってる。エロゲで見たやつだ。エロゲの名はヴィラージュ。
「あ、わ……やめ、や……ッ」
羊飼いショックも冷めやまぬ今、お道具罵倒責めは精神的にきつい。
他の誰につかまろうと、今レフィに囚われるのは避けなければ。
焦って周囲を見回す。誰もいない。当然だ。シアのピンチに現れてくれる奴なんて、この世にひとりしかいない。いやいなかった。ア
「おいやめろッ!」
門の内側、完全に村長宅の敷地内に引き込まれそうになったその間際、声が響いた。
驚き顔を上げると、慌てて駆け寄ってくる赤髪の男の姿が見える。アサドだ。
「やめろ。俺が連れて帰るから」
シアの腕を掴む、そのレフィの腕を掴んだアサドが唸る。冷めた視線の銀髪男をじっと睨みつけている。
無言の、視線の交錯が数秒。
最初から食い下がるつもりはなかったのか、レフィの手があっさりと離れた。
「では早急に。もうすぐヤン様が出てきてしまう」
嫌味ったらしくアサドに掴まれていたところを払いながら、レフィが顎をしゃくる。神妙な顔をしてアサドは頷く。
男の手が、指先を掬ってきた。
「ほら、シア……」
そっと促され、項垂れ付き従おうとし、はっと我に返った。
「いやいやいやいやいやッ!」
飛び上がってアサドの手を叩き落とす。
強く握られているわけではなかったので、シアの貧弱な筋力でも大丈夫だった。
ちらりとレフィが横目に冷たい視線を投げてくる。振り払われたアサドはびっくり眼になっている。びっくり眼て。盗っ人猛々しいとはこのことか。
純粋に驚いている様子のアサドに、猛烈に腹が立った。
「なにちょうどいい場面で現れてんだよッ、まさかお前、つけてきてたんじゃないだろうなッ?」
「え、あ……ッ、いや、それは……話がしたくてッ」
否定しない。ということは肯定か。
慌てて首を振るアサドに、余計に神経が逆撫でられた。いつからついてきていたのか。最初からか。
逃げ場を求めさまようオレを、悠々陰からつけてきたというのか。
「ほんとにつけてたのかよッ、こわッ、きっしょ……ッ、これ以上罪を重ねてどうすんだこの犯罪者!」
おそろしい。無害そうな顔をして、本当におそろしい男だ。
震え上がって怒鳴りつける。
多分これは、アサドにだけ向けた言葉じゃない。シアを「穴」として扱う、村人すべてに対していいたい言葉だ。シアの本音だ。
衝動のままに叫ぶと、アサドはぐっと言葉に詰まった。
図星をさされたからか、表情にほんのすこしだけ怒りの色が混じった。
「そ、だけど……ッ、話くらい聞いてくれたっていいだろッ、いいわけさせろよ!」
「はぁッ? なんで? 馬鹿じゃねえのオレぁ仏じゃねえんだぞッ、犯罪者のいいわけなんか聞く耳持つかよ!」
神父だけど。
逆ギレ最低! と猛るアサドに舌を出し、さっとレフィの背後に回り込む。
手を伸ばしかけていたアサドはレフィという壁を前に舌打ちひとつ、指先を引っ込めた。
「あの、やめてくださいこういうの。迷惑です」
そっとレフィが呟くがそんなものは聞こえない。
アサドが右手を伸ばしてきたら右に逃げ、左手を伸ばしてきたら左に逃げる。
痺れを切れして回り込んで来ようとしたら、レフィを壁にくるくるこっちも回った。
「シア、俺は……ッ」
絶対に絶対に捕まらない! そんな強い意志がやっと通じたのか、アサドが追いかけてくるのをやめた。
まあまあキレていた表情から一変、しょんぼりと肩を落とす。
俺は、と再び呟いたときだった。
「おい、人んちの前で痴話喧嘩するなよ。ご近所にも当家にも迷惑だぞ」
それまで聞いたことのない声がその場に響いた。
よく通る声。陽キャの声だ。
レフィが呆れたように嘆息した。アサドは驚いたように目を丸くした。オレも……まあまあ驚いたので口が開いた。
「人んちってか、俺んちだけどな」
声の主の傍らでぼそりと呟く別の声。ライアだ。
パッキンバンドマンスタイルのライアの隣に立つのは、赤茶の髪のそこそこ整っていてそこそこ平凡な顔の男。名前をヤン。自信満々の笑顔で笑っている。
ヴィラージュの主人公だ。
「痴話喧嘩なら中でやれ。特別、オレの部屋を貸してやる。レフィ、案内してやれ」
「オレの部屋っていうか、うちが貸してる部屋だけどな」
くい、と顎をしゃくり、ヤンが颯爽と馬車に乗り込んでいく。
一緒に出かける予定だったのか、ぶつぶついいながらもライアも続いた。ぱたんと馬車の扉が閉じた。
いってらっしゃいませ、とレフィが頭を下げる。このぐしゃぐしゃの状況でなお仕事をこなす。プロだ。
「ではご案内いたします」
馬車を見送ったレフィはくるりとこちらに向き直り、澄し返った表情で告げた。
えらいこっちゃ。
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