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第33話
好き?
アサドが?
オレ……じゃなくて「シア」を?
「……う、そつけ」
そんな馬鹿な。シアは「穴」だぞ。
誰もがシアに欲情するし、誰もがシアの穴を使う。けれどもその中にシアに好意を抱いている者はいない。ひとりも。
突っ込むだけの穴に恋をする奴はいない。はずなのに。
弱りきった声音で打ち明けられたことは、まったく頭に入ってこなかった。
「なんで嘘つくんだよ。この期に及んで……嘘なんかつくかよ」
「けど、そんなことひと言も」
「いうわけないだろ。こ、告白なんて……俺にはとても……」
突っ伏したベッドの上でとうとう頭を抱え込んでしまった。
その様子を、ミーアキャットみたいに顔だけ伸ばして見ていた。瞬きすら忘れた。
告白なんてとてもと、突っ伏したベッドの上で大の男が羞恥に震えている。
そういや「アサド」は純情キャラだった。明るくて、やさしくて、照れ屋で、笑うと八重歯が可愛い男。
「オレが……部屋に不審者が出た話をしたとき、どう思った?」
呆然としながらも問いかける。
あのときアサドは新鮮に驚いていた。普通に考えればシアが襲われるなんてそう驚くことじゃない。オレにとっては初めてだったからめちゃくちゃこわかったけど「シア」の設定上、珍しいことではなかったはずだ。
それなのにアサドは仰天していた。演技だったからだ。
「お前がすごくこわがってたから……本当は、本当のこといわないと、と思ってた。けど、うちに連れ込むチャンスだって思った、し……いったら、じゃあそもそも何しに行ったんだって話に」
「なにしに来てたんだ」
夜這いだろ。夜這い以外にありえない。実際唇は奪われた。眠り姫みたいに。
食い気味に問いかけるもアサドは答えない。行き倒れの死体みたいに、突っ伏したまま動かない。
アサド、と名前を呼ぶとぴくりと頭が動いたが、それでも返事はなかった。
なのでそっと、こわごわ近づいた。気づかれないように、そっと。
絨毯があるので足音はしない。息を殺して距離を詰め、ベッドの反対側に身を隠す。
「吐けよ」
そっと陰から顔を出し命じると、近くから声が聞こえたのに驚いたのか赤い頭が跳ね上がった。ぱちりと視線がぶつかったので、慌てて頭を引っ込めた。
すこし近づきすぎたかもしれない。扉前に戻らないと。
逸る鼓動を宥めつつ、そっとまた床を這い出す……よりも先に、声は頭上から降ってきた。
「誕生日」
「ひッ、は……ッ、へ?」
飛び上がってしまい、自分の鼓動でよく聞き取れなかった。
知らない間にベッドを這いずって近づいてきたらしいアサドが、すっと頭を引っ込めベッドに隠れた。
ベッドの上と下、互いに隠れっ子しているこの状況。なんだこれ。動悸が止まらない。
「誕生日のプレゼントを渡したくて……驚かせようと思って、それで……ほら、なんかあったときのためにって俺、合鍵預かってたろ」
知らない。
そんな情報、ゲーム内のどこかで出てきただろうか。わからない。覚えていない。鼓動がうるさい。
「本当は、枕元に置いたらすぐ帰るつもりだった。けど……寝てるシアがあんまり、あれ……あれだったから、つい。こう、ふらふらっと……」
「……」
寝顔にときめいてチューしたってか。
乙女か。
乙女なのか。
おとめなのか……!
ぽつりぽつりと打ち明けられ真相を理解した瞬間、火を吹いたように顔が熱くなった。
普通ならあの場で襲っていたはずだ。ヴィラージュなら。
シアが気づいて声を上げようと、口にハンカチでも突っ込んで犯す展開だ。ヴィラージュなら。
けどこいつは……アサドは、サプライズを仕込むために忍び込み、寝顔にときめいてチュッとやってしまい、シアが気づいたら慌てて逃げていった……シアが好きで、力尽くで犯す気はなかったから。
なんという乙女。
行動力ある乙女だ。
呆れるし拍子抜けしたし、なによりめちゃくちゃ恥ずかしい。
「シア」
名前を呼ばれて身体が跳ねた。振り返るのがめちゃくちゃ気まずかった。
多分今、顔が赤い。照れ屋なこの羊飼いと同じくらい。いやもっと。
ぎぎぎ、と関節の軋む音が聞こえそうなくらいぎこちなく顔を上げると、ベッドに隠れていたアサドも目元だけ覗かせた。
「こわがらせたり、がっかりさせたり、色々ごめん……けど俺、お前が嫌がることはしないから。絶対」
「な……ん、で」
そんなことは聞かなくてもわかっている。
わかっているのに、どうしてもこの言葉は口にしなければならないような気がした。
顔から火が出そうだ。歯の根が合わない。緊張で身体が震える。
多分それは相手も同じで、返事をもらうまでに長く長く長く沈黙が続いた。
「……好きだから」
このヴィラージュで、まさか「シア」が告白されるとは。
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