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第34話

「では、お気をつけて」  めちゃくちゃつれない眼鏡執事の言葉とともにぽんと屋敷から放り出された後、家に戻るまでの道中の気まずさったらなかった。  ふたり並んで歩くのも変な感じがしたけど、方向は一緒だし。だったらなにか喋らないとと焦るのになにも思い浮かばないし。  思い浮かばないことに焦れ、変な汗が吹き出してくるし。  気まずすぎて絶対に目なんか合わせられないし。  本当は教会に帰りたかった。  自分の部屋に戻って、新たに得た情報を整理したかった。思う存分身悶えて、落ち着きを取り戻したかった。  けれども、教会へと続く分かれ道……黙ってそちらに向かおうとするとそっと指を引かれた。  茹でダコみたいになったアサドはなにもいわず、なにもいわれていない以上おとなしくついていく必要はなかったが、とぼとぼ、教会に続く道は通り過ぎた。  好きでついていったわけじゃない。アサドが指を離してくれなかったからだ。  シアは非力で、子猫にだって勝てない。だから。  家についたらセックスするんだろうか。  ずっとそればかり考えていた。  好意を伝えてきた相手に「シア」は抱かれることになるんだろうか。犯されるのではなく。  考えただけで身体が震えた。緊張で膝ががくがくした。つないだ指も、多分震えていた。  家につくと、厨房の片隅に餅みたいなまるい塊が見えた。うどんだ。あれはまだ「うどん」として成立するものなんだろうか。  ちらりと横目に余計なことを考える。  促されるままにもう一歩中に踏み込もうとしたが、足が動かなかった。 「あ、あの……あの」  アサドに負けないくらい、きっと「シア」の顔も赤い。熱で視界が潤むくらいに。こわごわとでも顔が上げられないくらいに。  立ち止まり振り向いたアサドが、無言で先を促してくる。  そっと小首を傾げる気配だけが伝わってきた。 「あの、オレ、は……あれ。ごめんなさいの権利、あるよな……?」  指先を捉えていたアサドの手がぴくりと震えた。  ちらりと盗み見ると、赤い顔の羊飼いはしょんぼり項垂れ目を伏せていた。 「そりゃ、そりゃ……うん。当然、そりゃ……」  淋しそうに項垂れつつも何度も頷く姿に、心臓が痛んだ。  これを振るのか。そんなことができるのか。この世界でたったひとり、シアに恋をしてくれた相手だぞ。  そんなことできるわけがない。 「ご、ごめんなさいっていったら……どうすんの……?」  答えはもう自分の中で出ている。それなのにこんなことを訊ねるのは間違っている。  意地の悪いことをいって相手の反応を見、ほくそ笑む……悪女の所業だ。  わかっているのに聞かずにはいられなかった。さっきみたいに。  ちらりとこっちに目を向けたアサドは、すぐにまた視線を逸した。 「取り敢えず、送るかな……教会に。ひとりで泣……いや、泣かないけど、泣くっぽいこと……するかもだし」  泣くのか。  誰からも大切にされない、ただの「穴」でしかないシアに振られて、こいつは泣くのか。  その姿を想像したらまた心臓がぎゅっとした。 「じゃ、じゃあ……よろしくお願いしますって、返したら……?」  これじゃあ本当にただの性悪女だ。  さっきから相手を試すようなことばかり口にして、返事をはぐらかしている。  けれどもアサドはそれに苛立つ様子もなく、深く息を吐いた。  一度目を瞑り、開いたそれをこちらへと向ける。今度はすぐに逸らされない。両手が取られた。  驚いて顔を引くと、それを追って額を合わせてくる。 「大事にする。ずっと大切にする。もう他の誰にも触らせない……俺だけが触る。俺だけのシアにする」  アサドの息が唇にかかる。シア、と囁くように名前を呼んでくる。  うっとりと甘い空気に息が上がる。 「シア。いやだっていわないで。俺のこと恋人にして」  「……あ、ぅ」  直球で来た。返答に詰まった。  それよりも唇が今にも触れそうで、そっちが気になって仕方がない。とうにキスの距離だ。  すこし顎を差し出せばもう当たる。吐き出す息が唇にあたたかい。そればかりが気になる。 「シア」 「あ、で、けど……」  だめだ当たる。もう当たる。すぐ当たる。  今にも 「うんっていってくれないとキスできない」 「わッ、わか……んぅ」  当たった。  やわらかくぶつかってきた唇の隙間から、あったかい舌が出てきた。ぺろりと舐めて、すぐに離れる。また近づいてきて、ただ触れる。  触れては離れ舐めては離れる、それを何度も繰り返されると、自然とこちらの口が開いた。  開いた口の中に舌が押し入ってくる。熱くてぬるぬるしている。それが口内を探り、くすぐり、絡みついてはすすり上げてくる。 「アサ、ぁ、ふぁ……ッ」  呼吸を支配されそうな勢いに怯み、一歩引く。  けれどもすぐに追いつかれた。背中に扉がぶつかった。もう後がない。  外気で冷えた冷たい手が上着の裾から潜り込んできた。冷たい。  こんなに冷たい手に触られたら、身体が熱を持っていることに気づかれてしまう。動悸で思考が蕩けそうになっていることを知られてしまう。 「あッ、ぅ……」  きゅ、と乳首を撫でられて声が出た。出てしまった。  アルディに散々捏ねられた場所に、今はアサドが触っている。  撫でて、捏ねて、摘んで、捻る。爪先で先端を抉られると身体が跳ねる。その間も滑る舌が執拗に絡みついてくる。  唾液を啜っては飲み下し、また求めて口内を這い回る。 「シア」  ぎゅ、と下肢が押し付けられた。もうかたくなっているのがわかった。  乳首を弄っていた手が腰の裏側に回った。尻の左右を掌で覆い、揺すり上げ自らの股間を擦りつけてくる。  直接的な刺激にまた声が出た。 「アサド、や、それやだ……ッ」  ぐりぐり刺激されたらすぐに勃つ。  それでなくともシアの身体は難儀な「設定」だ。ちょっと触られればすぐに気持ちいいし、その「気持ちいい」自体が半端ない。  擦り付けられながら耳朶や首筋を食まれたら、それだけでもらしそうになる。  嫌だと頭を振ったら、宥めるようにこめかみにキスされた。  やめてと訴えたら、言葉を封じるように唇に。  ただ喘いでいれば耳朶を舐りながら名前を囁いてくる。顎が反れば喉に食らいついてくる。  ずっと身体を揺すったまま、アサドはあらゆる場所に唇を寄せてきた。かたい感触がごりごり擦れる。  これはもうセックスだ。 「あッ、だ……だめッ、でるッ」 「いいよ」  堪え性のない身体の限界を訴えると、艶の混じった低音で、耳元近く囁かれた。

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