19 / 38
Trac05 Just Push Play①
『ーーーー再生ボタンを押せ! 』
エアロスミス/Just Push Play
「それじゃあ、本当にお前の意思でクスリをやったわけじゃないんだな」
「事故だよ事故。当て逃げにされたようなもんだよ」
安心したのかまた眠ってしまったカホを寝かせて、ユウジとダイニングテーブルで向かい合っていた。
まだ5時前とかアホか。
「まあ、お前にはいい薬になったな」
「そうだな。これからは忘れ物なんかほっとく」
「お前なあ・・・」
ユウジは盛大にため息を吐いた。
「とりあえず、ケジメはつけろよ」
携帯、とユウジは手を出した。
「は?」
「携帯」
今度は凄んだ。渋々スマホを渡す。
ユウジは物凄い速さで指を動かす。画面を見れば、こいつアプリを全部消しやがった。
「は?!返せよ」
「駄目だ。しばらく俺が持っておく」
「バイト先とかカホの保育園とかから連絡あるかもしんねえじゃん」
「全部俺を通してお前に教えてやる。織田先輩にも俺から話しておくよ」
そんな訳でガキみてえなペナルティを食らって、俺はこの家に住み続けることを許された。
バイト先に行くと、シティハンターの喫茶店のマスターみたいな店長が俺の顔を見るなり溜息を吐いた。
黒いエプロンのネームプレートには伊集院ではなく織田と書かれている。
スキンヘッドをゴツい指でなでつけながら言う。
「お前今度は何やらかしたんだ?
あんまりユウジに心配かけんなよ」
あの野郎。無駄に仕事が早くてムカつく。
その話題は無視して、挨拶もそこそこに黒いエプロンを着けて仕事に掛かった。
ダスキンモップで店内を埋め尽くすキーボードやエレクトーンの埃を落としていく。壁にはエレキギターだのベースだのがびっしりかかっていて、レジの周りにはステッカーやピックなんかの小物が並んでいる。
一階の床を磨き終わると、階段を降りて地下に向かう。
地下は貸しスタジオになっている。
ドラムやギター、ベース、キーボードなんかが一揃い置いてあって、上のレジの奥にあるモニターと防犯カメラが繋がっている。
ここが終わったら今度は二階だ。
二階は防音室にデカいグランドピアノがあって、ボイトレの講師に週2で貸している。
白鍵を一つ押すと、ピアノ線から弾かれた音が波紋のように心地よく広がった。
やっぱりピアノもセックスもナマの方がいいよな、とニヤリとする。
内線で下に通話を繋げる。
「店長。終わったんでピアノ弾いていいですか」
高校の時から仕事も時給も変わらないが、暇な時こんなワガママが通るのがここの魅力だし、
「ああ、ハジメ?お前すぐ帰れ」
「は?なんで」
「ユウジから連絡があった。カホちゃんが熱出したとさ」
こんな理由で帰してくれるのは、ここしかないと思う。
ともだちにシェアしよう!