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Just Push Play②

下に降りて着たばっかのエプロンをスタッフルームで脱いでいると、P¡nkみてえな金髪でショートカットの女が入ってきた。 アリサだ。 「何?もう帰るの?」 アリサはジッパーが無数に横切るパンクなTシャツの上に黒いエプロンを着る。 遅刻した訳じゃなくて、ピアノを弾く為に馬鹿みたいに俺が早く来てるだけだ。 「カホが熱出した」 「ふーん」 アリサはむすっとして、濃いピンクの唇を突き出した。 「掃除はしてあるから。後は頼んだ」 ありがと、と言った後、アリサはよくやるよね、と言った。 「自分の子じゃないのに」 スレンダーな身体に黒いエプロンの紐を締める。 「仕方ねえだろ。ユウジが」 「またユウジさん?」 つけまつげがバッサバッサついた目を吊り上げる。 「私、ユウジさんはやめといた方がいいと思う」 は?突然何言ってんだコイツ。 「まあそうだろうな。アイツゲイ嫌いだし」 とりあえず適当に話を合わせとこ。 「そうじゃなくて、ユウジさんも大概だってこと」 ん?と考えを巡らせていると 「だって、カホちゃんだっけ? アンタが休むの大体その子絡みじゃん。その子夜見るために他にバイトもしてないし。 アンタがそこまでやってんのにユウジさんはゲイだからってアンタを色眼鏡で見てる。 私からみたらアンタそんな奴らのために人生削ってる」 「何言ってんのお前」 いや、楽チンだからここで働いてるだけなんだけど。アリサが何を言ってるのかサッパリ分からない。 「あーもう、アンタはQueenのToo much love will kill youでもよく聞いときな!」 アリサは足音荒くスタッフルームを出て行った。 Too much love will kill you《過ぎる愛情は身を滅ぼす》だって? 勝手にヒートアップして勝手に捲し立てて、やっぱり女はよくわからない。 カホを迎えに行くと、真っ赤な顔して足にぎゅっとしがみついてきた。 「あーあ、ほら歩けるか?」 エプロンを着けた若い保育士はギョッとした顔で、抱っこできませんか?と言った。 「え?家まで?」 「え、はい」 なんか、信じられないって顔で見られてる気がする。 「しょうがねえなあ」 カホを抱きかかえると、めちゃくちゃ熱かった。あ、確かにこれは無理だわ。 奇妙なモノを見るような視線を浴びながら、頭だけ下げて帰った。 家に帰ったら帰ったで、夜ユウジに文句を言われた。 「はあ?じゃあ病院行ってないのか?」 「行ってねえよ」 「行くだろ普通」 「知るかよ」 冷えピタ貼ってポカリでも飲んでほかっとけば治るだろうが。 「ったく、今から緊急外来行ってくる」 ユウジはグズグズ言うカホを抱えて、帰ってきたばかりなのに出て行った。 なんなんだよ、今日は。どいつもこいつも。 携帯、って、ユウジが持ってんだった。 イヤホンを耳につけて、エアロスミスのJust Push Playをかける。イカれたように響く高音のピアノと低いドラムが耳に心地いい。だけど、それでもイライラは治らなくて、滅多に飲まないビールの缶を開けた。 結局、カホの熱は一週間も長引いて、その間俺はセックスはおろかピアノさえもお預けだった。

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