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Trac06 1人で生まれてきたのだから①
『ーーーーもとの1人に戻るだけ』
中島みゆき/1人で生まれてきたのだから
地下街の古びた喫茶店にそいつは居た。
名前は杉山と言う。
店の中を間接照明がセピア色に照らし、カウンターにはサイフォン式のコーヒーメーカーやらティーセットやらがディスプレイされていた。
レトロな雰囲気の店内に、中島みゆきの華やかで哀しい曲がよく合っている。
ヤツの曲げ椅子に座りコーヒーを飲む姿も板についていた。
そいつは俺が相手した中でも一番年上の、54歳のオッサンだった。
オッサンと言っても、杉山はハリウッド版のShall we danceに出てくるリチャード・ギアのように、まさしく紳士と言った見た目だ。
俺は違和感なくグレーのスーツを着こなす杉山の向かいの椅子に、カーキ色のモッズコートを掛けてから座った。
「こんばんは。鈴木さん?」
杉山は顔を上げ柔和な笑みを浮かべた。
「本当にこんなオジサンでよかったのかな?」
「セックスできれば誰でもいいんで」
杉山はコーヒーを飲んでむせそうになった。
「そんな事どこでも言っちゃだめだよ。
何か飲む?」
「金がないんでいいです」
「これくらい出すよ」
「すいません、そう言うヤツ、俺は信用してないんで」
金を払ったんだからxxしろとか言うヤツがたまにいる。しっかりしてるね、と杉山は子どもと話すようにニコニコしている。
まあアプリで会うやつは全員信用してないんだけど。
「音楽好き?」
イヤホンをしまう俺に言った。
「好きですよ」
「ジャズバーとか興味ある?」
「行ったことないです」
「やっぱり若い人は興味ないかな」
「いや、ないことはないです」
「じゃあ付き合ってもらっていいかな?」
「セックスは?」
杉山は腕組みをして、うーん、と唸ると
「イイコにしてたらね」
と笑った。
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