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1人で生まれてきたのだから②
地下街から出ると、冷たい風が全身にぶつかってきた。今日はめちゃくちゃ寒い。
すると杉山にこっち来て、と歩道の側を歩かされた。
出たよ。相手を女扱いするヤツ。
こういうヤツと一緒にいるとセックスするより疲れる。
パッとヤッてパッと帰るか。
ジャズバーはビルの一階にあって、窓から漏れる琥珀色の照明からしてもう高級感が溢れまくっている。
うっわ、入りたくねえ。
「実はね、僕も入るの初めてなんだよ」
俺の肩をポンと叩いて、お先にどうぞ、とガラス張りのドアを開けた。だからいらねえってのそういうの。
杉山を先に押し込んで後から入った。
木製の机や椅子、天井にぶら下がるグラス、高そうな銘柄の酒瓶も、金で磨かれたようにどこもかしこもピッカピカだ。
杉山はこんばんは、とバイトのウエイターに優雅に目配せし、スマートにカウンターに腰掛ける。
めちゃくちゃサマになってんじゃねえか。
悔しいけどカッケェなと思った。
杉山は店の奥にあるピアノをちらりと見て、バーテンダーを呼んだ。
「ジントニックを」
「"ピアノマン"かよ」
「よく知ってるね」
杉山はパッと顔を輝かせた。
「じゃ君はビールにする?」
「"ビール臭いおっさん"はごめんだ」
「ハハ、すごいね。洋楽が好きなの?」
杉山は俺にも同じものを頼んだ。
だからいらないっての。キャンセルしてペリエを頼んでやった。
「で、何が好きなの?」
「洋楽でも邦楽でもクラシックでもボカロでもなんでも」
「ボカロって?」
「ボーカロイド」
へえ、と杉山は感心しているようだった。
「色々詳しいんだね」
「節操がないだけだよ」
ペリエを含むと強い炭酸が口の中を刺激した。口当たりが硬くて飲み込みにくい。
杉山は若い人とこんなに話せるとは思わなかった、と上機嫌だ。
「じゃあホテル」
「待って、せっかくだから一曲聞いてから」
ピアノの前に黒いスーツ姿の男が腰かけた。
鍵盤を叩きテンポよく和音を刻む。ビリー・ジョエルのムーヴィン・アウトだ。
「僕もこの曲に出てくるアンソニーやオレアリー達みたいに仕事ばっかりだったなあ。
妻に随分と寂しい思いをさせた」
「バイだったの?」
「いいや。でも、僕たちの時代は結婚して一人前って風潮だったから」
そう言う杉山の横顔が、キンと冷やされたグラスのように冷たい。
「子どもは欲しかったけど、駄目だったよ。
妻は親戚に随分と責められたみたいだ」
「ふうん」
「でもね、妻はずっと僕と一緒にいてくれたよ。・・・去年死んじゃったけどね」
苦しげに顔を歪める杉山の目元は少し赤くなっている。
「それで、自由の身になって男漁りか。
いいご身分だな」
杉山はビックリしたようにこちらを見て、それから微笑んだ。
「まあね、この前初めてゲイバーってとこに行ってみたんだ。それでアプリを教えてもらって。今の子はいいね、便利な物があって」
なるほどね。
ゲイバーは行かねえな。だいたい閉鎖的だし。そこではモテる方じゃねえし。
「今日はこんな若くてカワイイ子と会えるなんて思ってなかった」
杉山はじっと俺の目を見る。
クッソ甘い酒を飲んだ後みたいにうなじの後ろがざわざわした。
「そろそろ移動する?」
俺は椅子から立ち上がった。丁度演奏も終わった。
杉山も頷く。
店を出るときは、財布を出そうとする杉山を牽制し、自分の分はしっかり払った。
「もう一軒行く?」
「ヤらねえの?」
「・・・なんだかもったいなくて」
杉山は眉を下げながら口元に弧を描く。
「だって、こんなオジサンだよ?」
「早く帰りたいんだけど」
「じゃあ帰る?」
「ふざけんな、犯すぞオッサン」
杉山は悪いコだなあ、と余裕の笑みだ。
「イイコにしてたらって言ったでしょ」
そう言って、屈んで目線を合わせきた。
女ってか完全に子ども扱いだな。
まだ店の照明が届く場所にいるが、ネクタイを引っ張ってキスをかましてやった。
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