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Trac07 Hated John/VACON①
『ーーー嫌われものジョン』
VACON /Hated John
「ねえ、肇ちゃん、お願いがあるんだけど」
まだ中学生だった俺の部屋に、もう社会人になった姉ちゃんが乗り込んできた。ノックして即開けるな。
「肇ちゃんさ、バンドやらない?」
床に散らばった漫画やら上着やらを足で退けながらズカズカ入ってくる。
「やらない」
漫画を読みながら答えた。
イヤホンも付けてやる。話を聞く気はない。
「彼氏のバンドでキーボードの人が抜けちゃってさ、人数足らないの。
肇ちゃん私にくっついてピアノ習ってたじゃない」
くっついてねえよ。無理矢理だっつーの。
大体何年前の話だ。
「今度のライブだけでいいから。お願い!」
「やだね」
姉ちゃんは、そっか、と残念そうに呟き、
「テメエ誰に養われてると思ってんだ?」
とドスの効いた声で言った。口の悪りぃ姉弟だ。
世の大多数の姉弟がそうであるように姉ちゃんには逆らえず、俺は楽器店の地下にある貸しスタジオに連れていかれた。
「キーボード1名様追加でーっす」
姉ちゃんは演奏中にもかかわらずドアを開け放った。
シティーハンターの海坊主みてえなドラムに、ロン毛のベースに、イケメンなギターボーカルの視線が突き刺さる。
みんな大人ばっかじゃん。この中に中学生を放り込むとか姉ちゃんは馬鹿か。
「え、何、中学生?」
イケメンなボーカルは目付きを鋭くする。
「そ。私の弟。肇っていうの。カワイイでしょ」
俺はペットか。いや、普段から似たような扱いを受けている気がする。
「キーボードできるの?」
「私にくっついてピアノ習ってたの。イケルイケル」
だからくっついてねえしイケもしねえよ。
「ふうん、とりあえずこれ弾いてみてよ」
楽譜を渡された。コードだっけ?なんかベースだのギターだのドラムだのの楽譜も一緒に書いてあって読みづらい。しかもオリジナルっぽくてメロディも全然わからない。
弾いてみたけど、指は回らないわメロディはグチャグチャだわで散々だった。
やっぱダメか、という雰囲気がのしかかってくる。顔がかあっと熱くなった。もう帰ろう。
「まあまあ、折角だから聞いて帰ろう?」
姉ちゃんに引き止められた。ギターボーカルと目が合う。
「来てくれてありがとな」
にっと人懐っこい顔で笑いドキリとした。
演奏が始まると、心臓の音がドラムと一緒に響いて、ベースが頭を揺らして、ギターと真っ直ぐな歌声が胸を貫いた。いつもイヤホンからしか入ってこなかった音が、全身に弾丸のように浴びせられる。
ナマの音に圧倒されていると、メロディラインが頭にすっと入ってきた。
あ、分かるかも。ドレミで聞こえる。
「弾けるかも」
え?と姉ちゃんが俺の方を向く。
なんでもない、と言ったけど、演奏が終わると姉ちゃんに容赦なく弾かされた。
指はやっぱ回らなくて、間違えまくりで、でもメロディラインは捉えることは出来た。
「さっきより全然いいじゃん。急にどうした?」
「多分、演奏聞いたから」
スゴイじゃん、とまたにっと笑う。
「ふうん、耳で覚えるタイプなんだな」
「練習すればいけそうだな」
ドラムとベースもなんか乗り気になっている。
この後何回も助っ人でライブに参加するハメになることも、ドラムの店でバイトすることになることも、ましてやギターと姉ちゃんが結婚することになるなんて、ちっとも予想していなかった。
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