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Hated John②

バイトを始めたのは、高校に上がってすぐだった。 知り合いの店なのをいいことに、夜遅くまで働いた。 姉ちゃんと優二が結婚するまでに金を貯めて、絶対家を出てってやるって思ってた。 この日も遅くに家に帰ると、優二が珍しく家に居た。 「いつもこんな時間なのか?」 俺を見て眉をひそめる。 「アンタには関係ないだろ」 ユウジは眉間のシワをますます深くした。 「あのね、肇ちゃん。話があるの」 背中がざわりとした。ついに来たか。 「何?結婚すんの」 「うん、・・・子どもが、出来たの」 「は?!」 それは予想外だった。 姉ちゃんはこの時仕事仕事で、子どもを作るのはもっと先かナシだと思ってた。 それに、優二が、そんなことになったら本当にーーー いや、何考えてんだ。 「・・・馬鹿じゃねえの」 「オイ!」 自分に向かって話した言葉だったけど、優二を怒らせてしまった。まあ当たり前だけど。 「避妊はしてたんだ、ちゃんと。 でも出来ちまったもんはしょうがねえだろうが」 「ごめん、肇ちゃん。肇ちゃんが家出るまではできないようにしようとしてたんだけど」 「は?何それ、俺は邪魔者だってこと?」 姉ちゃんはハッとして 「違うの、そういう意味じゃなくて」 「いや、別に」 「だからっ、そうじゃなくて」 姉ちゃんはポロポロ涙を零し始めた。 すっげえビックリした。そんなタイプの人間じゃなかったから。 「肇ちゃんが、ずっと私達に遠慮してきたの分かってる。子どもが出来たらもっと居づらくなるのも分かってたから・・・」 ごめんね、と繰り返す姉ちゃんと、俺の知ってる姉ちゃんとは違う人間だった。 むしろ子育ての練習させてあげるから感謝しなさいとか踏ん反り返るようなヤツだ。 どうすればいいかわからなくて、まるで悪者を見るような優二から逃れて、自分の部屋に閉じこもった。 それから優二が家に入り浸るようになって、俺はますます家に帰らなくなった。腹がでかくなってく姉ちゃんも、それを気遣う優二も見たくなかったんだ。 姉ちゃんが心配するから家にいろって優二から何回も怒られた。腹の子に悪いからって。 それが気に入らなくて、でも優二は嫌いになれなくて、まだ生まれてもいないソイツに嫉妬しているみたいな自分を認めるのもガキ臭くて嫌で、もうとにかく頭の中はいつもグチャグチャだった。 耳元で音楽をガンガン鳴らしても、ピアノをジャンジャン弾いても収まりがつかない。 店長にまで自分の家に泊まっていくかだの、メシを食っていくかだの聞かれたりした。 音楽で耳を塞いで外をほっつき歩くのを繰り返していた頃、俺はソイツに出会った。 色んな人間に煙たがられていたソイツの名はジョンにでもしておこう。 Hated John《嫌われものジョン》だ。 結局、ソイツの名前なんて聞くことはなかったんだから。

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