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Hated John③
バイトが終わった後、夜の公園を横切っていると
「よっ、なんか飲む?」
自販機の前で、ソイツは俺に声をかけてきた。逆光でジャンパーコートを着たシルエットだけが浮かんでいる。自販機と同じくらい背の高さがあって、手には缶を持っていた。何を飲んでるのかまでは分からない。
「いらない」
イヤホンの音楽に意識を集中させる。
ネットで拾った嫌われ者の歌は、日本語なのにまったく歌詞が聞き取れなくて、でも渦巻くような歌い方や退廃的な雰囲気がめちゃくちゃカッコよくて気に入っていた。
「結構頻繁に見かけるけど、家に帰りたくないの?」
ジョンは飲み物を啜った。
いらないって言ってんのに缶コーヒーを渡してきた。しかも冷たいヤツ。吐息が曇るくらい寒いのに。
開いてないのを確かめて、プルトップに爪をかける。
「ふうん。警戒心はまあまあだな。
でも、知らないやつから貰ったもんは基本受け取るな。特に金をやるって言ってくるオッさんが一番ヤバい。絶対に受け取るな」
自分からやるって言ったのにへんなヤツだ。
コーヒーを一口飲む。冷たい液体が腹の中に落ちて身震いしそうになった。
「それ、底から注射器でクスリが入れてある」
コーヒーを吹き出した。
「って言ったらどうする」
思わず缶の底を見る。パッと見ただけではわからない。ヤツは笑って
「嘘だよ。でもそういう事もあるから気をつけな。お前ちょっとかわいい顔してるし」
俺はピンと来た。
「アンタ、ゲイ?」
「さあな。お前は?」
俺はこの時そうなんだろうな、とは自覚してたけど、周りに言えば面倒くさいことになるだろうな、とも思ってて、誰にも言ってなかった。
「さあな」
ジョンと同じように切り返す。
ふうん、と言いながら、ヤツは空になった缶をゴミ箱に捨てる。
「ま、今度からここは通るなよ。近くにハッテン場があるから」
相手が欲しいなら別だけど、とシルエットから白い歯が覗いた。
「俺でよかったら相手してやるよ」
「ざけんな」
「まあ、今は仕事中だから非番の時な」
ソイツは自転車を起こし、キャップに似た青い帽子を被った。え、コイツ警察官だったの?
「じゃあな。補導されたくなきゃ早く帰れよ」
そう言って自転車で走っていった。
街灯に照らされた顔が意外とイケメンでそれにまたムカついた。とんでもないヤツに出くわした。
今度からここは絶対通るものか。
けれどもヤツにまた出くわしたのはたった数日後の事で、場所は駅近くのコンビニだった。
「オイオイ、早く帰れって言っただろ?」
ダッセェジャンパーコートをムカつくほど着こなしていた。ジョンは自転車から降りてコンビニを見る。
「なんか奢ろっか?」
「いらない。アンタが貰うなっつったんだろ」
「覚えてたな。エライエライ」
ニコニコしながら近づいてくる。
「何してんの?」
「お仕事。パトロールだよ。移動しよ。
コンビニの前にいるとサボってるって思われるから」
ジョンは周りに目線を放つ。
こっちを見ていた奴らは全員目を逸らした。
「送ってやるよ、家どこ?」
「いい」
「先輩呼んで交番でひと休みしてく?」
最悪だコイツ。
「あ、やべ。先輩来ちゃった」
ギョロッとした目に四角いフレームのメガネを掛けたオッさんが、眉間にシワ寄せて自転車を止めた。
え、マジで補導すんの。
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