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Trac08 独りんぼエンヴィー/koyori①

『ーーーーあんよ あんよ こっちおいで』 koyori/独りんぼエンヴィー 多分これは夢だ。 歩けるようになったばっかの果穂を優二と姉ちゃんが囲っている。楽しそうな声が俺の耳を劈く。 やっぱ高校を出てからなんてチンタラしてないで、さっさと家を出ればよかったんだ。 優二と姉ちゃんが、果穂から少し離れてこっちへおいでと呼んでいる。 俺は背を向けて歩き出す。 ふと指先が熱くなる。 果穂がニコニコしながら俺の手を掴んでいる。 優二と姉ちゃんが、こっちへおいでと呼んでいる。 呼ばれているのは、果穂なのか、俺なのか。 目を覚ますと、4歳になったカホが俺にのしかかりながら寝ていた。重い。暑い。 もう3月で、もうすぐカホの学年も変わる。 部屋ん中は真っ暗だ。 携帯で時間を確かめると、液晶の光が目を刺した。今は午後9時ちょっと前。 寝かしつけているうちに寝落ちしたらしい。 今日は休みで、かくれんぼだの鬼ごっこだの散々つき合わされたからな。 とか言ってる場合じゃない。待ち合わせの時間に完全に遅刻だ。 飛び起きそうになったが、カホを起こさず布団から抜け出すのに神経を使った。 相手に遅れるとメッセージを送って、急いでジャージから着替える。まあいつもユニクロのTシャツとジーパンなんだけど。 「ユウジ、出かけてくる」 リビングでスマホをいじるユウジに声を掛けると、一瞬ウンザリした顔を向けられた。でもその後わかった、とニヤッとした。 なんだその顔は。でも気にしている暇はない。 安物のスニーカーを引っ掛けて転がるようにして家を出た。 初音ミクの気怠げな声と、夜の森を歩くような静かなメロディに耳を傾けながら電車に揺られる頃には少し落ち着いた。 大して遅れずにすんだ。あんまり遅れると勝手に帰るヤツもいるからな。 スマホには駅前のドトールにいるとメッセージが入っていた。店に入ると暖房が効いているはずなのに人が少なくて寒々しい。外とあまり変わらない気がした。 サラリーマンとカップルから少し離れて、臙脂のシャツの男が座っている。ヴィンテージのジーパンを履いた足は長い。組んだ足がテーブルの下に収まりきってない。 「悪い、待たせた」 声を掛けてヤツが振り向くと、その次の言葉がもう出てこなかった。 整った顔立ちに、女みてえな目と唇。 少し短くなっていたが、癖のある髪質は元からみたいだ。 「アハッ大丈夫だよ」 ムカつく程変わらない顔で、ジョンは笑った。

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