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9『艶やかなる桜色の――』
桜の花は、その“散る”瞬間が一番色濃く艶やかだ、と聞いたことがある。
恋はどうだろうか。
「じゃあな、ユッキー!!」
今年もまた、俺はこの三階の窓から詰襟姿の愛しき生徒たちを送り出す。
「こら、何度言ったら分かる。雪成先生、だろ?」
「そーだった!今までありがと、ユキナリセンセ!」
大声でそう叫んだ生徒たちは、言い終わるや否や駆け足で校庭を走り去っていく。
「――何だよ、アイツら。できるじゃん」
不意打ちで“先生”呼びされた俺は面食らいつつも、次第に頬がニヤけていくのを感じていた。
「さて、俺も帰るか」
窓を閉め、白衣を脱いだ俺は毎年のこととはいえ少しの淋しさが募る。
「――独りで帰ろうとしてたんですか?」
「!!」
「つれないですね。雪成先生、否……雪成さん。いつも愛してるって言ってるじゃないですか」
漆黒の髪に澱みない瞳。独身アラサーの俺にはその全てが勿体ない程、将来が有望過ぎる詰襟姿の青年が立っていた。
「お、おい……」
抱き締められた俺は、頑なだったその頬をようやく桜色へと染める。
春の風残る室内。
規律から解放された俺は、今この瞬間、胸の奥で艶やかな恋心が満開に咲き誇るのを感じ始めたのであった――。
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