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8『タイトルなし①』
今日も美味しいやつを持って、春さんはやって来る。
茂みをかき分けながらセーターと髪に葉っぱを沢山つけて。
「お腹すいただろ?」
って優しい笑顔で聞いてくる。
春さんが持ってきてくれた美味しいやつを食べている間、春さんはいつも色々話してくれる。
僕は春さんと同じ言葉は話せないけれど、春さんの話は理解できるんだ。
春さんは何とかっていう男の人と一緒に住んでたんだけど、その人が昨日、春さんの前から急にいなくなっちゃったんだって。
「ほんと、イヤになるよなぁ」
春さんは笑いながら泣いてた。
「俺のどこがダメだったんだろうなぁ」
もしかして泣きながら笑ってたのかな。
僕はよくわからなかったけれど、ほろほろと泣く春さんは、川の近くに咲いているあのピンクの花みたいだなって思ったんだ。
次の日。
春さんは来なかった。
その次の日も、次の日も、春さんは来なかった。
川の近くに咲いているあのピンクの花の名前がようやくわかったのに。
春さん。
春さん、早く来ないかな。
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