3 / 22
2『旅立ちの日に』
同棲を始めて3度目の春。
今年はえらく暖かで、早過ぎた桜ももう散ってしまっていた。
旅立ちに相応しく、桜吹雪の中を歩き出したかったのに。
「…よし、終了。」
昨日まで恋人だった男が、パソコンの電源を落とした。
こんな日にまで仕事かよ。
その様子を床に座り見つめていた俺は、のそりと立ち上がると、すっからかんになった空間に視線を這わせた。
床の真ん中が、少しだけ色が変わったように見えるのはラグの跡。
あぁ…あそこにお気に入りのグリーンのソファーがあったんだ…
隅の少し凹んだ所は、シンプルな机を置いていたんだっけ。
何もないはずの部屋のあちこちに、愛し合った二人の姿が浮かび上がる。
甘く掠れた声さえ聞こえてくるようだった。
そう言えば…アイツからの告白も、口付けも、お互いの熱を交わし合ったのも…全てこの部屋からだった。
「さ、行くぞ。」
お前に感傷という言葉はないのか。
黙ってスーツケースを持ち、靴を履きかけた俺に影が覆い被さってきた。
一頻り口内を蹂躙した元カレは、微笑みながら言った。
「これからもよろしくな、奥さん!」
元カレから夫に昇格した男に満面の笑顔を咲かせると、見せつけるように薬指の指輪にキスをした。
ともだちにシェアしよう!