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【2】
コンクリート打ち放しの駐車場には高級車ばかりが並んでいる。
俺に声をかけてくる奴もそれなりに地位のある者ではあるが、ここまでグレードの高いホテルは初めてだった。
我が社の役員報酬が意外にも高額だということを知る。俺だって貰っている給料はそう悪くはないのだから、当たり前といえばそうなのだろう。
車を降り、エレベーターに乗って一階のフロントに向かう。
眩い照明は天井から釣り上げられたシャンデリアから放たれている。毛足の長いジュータンが敷き詰められた開放的なロビーには、この時間でも人の往来があり、隣接されているカフェの店内は空席ない。
スーツ姿が多いが、なかにはラフなスタイルではあるが洗練された着こなしで談話を楽しんでいる者もいる。
そんな場所で、これからナニをしようとしている自分がかなり浮いた存在のように思えて、きらびやかなロビーからすっと目をそらす。
「チェックインを済ませてくる」
彼の後ろ姿を見ながら、気怠げに髪をかきあげた。
(最初からそのつもりだったんだろ……)
高級ホテルだけに、そう簡単には予約など出来ないはずだ。
彼と出会って、ここに来るまで約一時間……。
電話をしている様子もなかったし、どう考えても計画的なのでは?と思わざるをえない。
しかし、ここまで来てしまった以上引き返すわけにもいかない。
それにしても――妙にエスコートし馴れてるところが怖い。
「――行こうか?」
ロビーで立ち尽くしていた俺を促すとエレベーターに乗り、十二階で降りる。
静かな音楽の流れる廊下を彼の後を追うようについていくと、廊下の突き当たりにあるドアを手慣れた風にカードキーで開けた。
ドアは他の部屋と同様ではあったが、中は広く、ソファとテーブル、簡易的なバーカウンターが設置されている。奥に通じる通路にはいくつかの扉があり、そこはおそらくバスルームや寝室だろう。
興味津々で部屋の中を探索しながら手当たり次第にドアを開ける。
寝室の向かいにあるガラス戸を開けると、ガラス張りのバスルームがあり、さながらラブホテルのようだ。
「随分といい部屋を予約してあったんだな?」
「予約?あぁ…、この部屋は俺が仕事用に契約している部屋だ。もし良ければ好きな時に使えるようにカードキーを作らせるが?」
「他の男を連れ込むかもしれないぜ?」
「それは許さない。碧 だけなら大歓迎する……」
俺は「ふんっ」と鼻で応えてから、どかりとソファに腰掛けて煙草に火をつけながら窓の外を見た。
眼下に無数のネオンが散らばり幻想的な景色が広がっていた。
成功者だけが見れる景色――ってか。
「名前……まだ聞いてなかった」
煙を吐きながらぼそりと呟くと、スーツをハンガーにかけながら「拓未 」と答える低い声が返ってきた。
(やっぱり鳴海 拓未 だよなぁ……)
基本、ハッテン場では本名は名乗らない。
例え本名だとしても下の名前しか明かさないのがルールだ。
深く追求することも、知ろうとすることも御法度。それに相手がどんな職業だとかっていうのも聞かないのが普通だ。
それを承知で、俺はあえて濁した言い方で問うた。
「結構、羽振りがいい仕事してるんだな」
「――そうでもない。つまらない仕事だ」
ソファに深く背中を預けたまま、自分の気持ちを落ち着けるかのように、灰の奥まで煙を行き届かせてからゆっくりと煙を吐き出して、ぼんやりと着替える彼をじっと見つめる。
禁欲的なワイシャツを脱ぎ、ガウンを羽織った彼の体は筋肉質で無駄なものがない。
あの体で今まで何人の男を抱いたのかと考えると、勝手に下肢が熱くなってくる。
慌てて煙草を一口吸い、灰皿に押し付けると目をそらした。
「あの……さ。拓未は俺のことヤバい奴だとかって思わないのか?あの店で相手見つけてヤリまくってるのにさぁ」
「病気か?そんなことを気にしてたらハッテン場になんて行けないだろ。碧 がそんなことを言うとは意外だな。それに、あの店の客はゴム付が絶対条件だ。お前はあの店にしか出入していない……だろ?」
そこまであの店のことを知っているところをみると、かなり通っているようだ。
それよりも俺があの店にしか出入りしていない事を知っている事が驚きだ。まあ、常連の客から聞けばそんな噂も自然と耳に入るだろう。
俺はジャケットを脱ぐと、自分を追い立てるようにすべての衣服をその場で脱ぎすてた。
振り返ると、拓未が熱っぽい視線をこちらに向けている。
一糸まとわぬ姿で彼のもとに歩み寄ると、ゆっくりとした動きで彼の首に手を回すと耳元で囁いた。
「シャワー浴びたい。一緒に……」
彼は羽織っていたガウンを脱ぎ、スラックスを脱ぎすてると、俺を抱きしめたままバスルームに向かった。
広いバスルームには、すでにたっぷりの湯が張られたバスタブがあり、俺は軽くシャワーで体を洗うと湯船に浸かった。
足を延ばしてもゆっくりと出来る広さのバスタブは久しぶりだ。それにバスソルトも心地よい香りで少しだけ気持ちも落ち着くことが出来る。
自分の住む賃貸マンションでは到底出来ないくつろぎの時間だ。
濡れた髪をかき上げて顔をあげると、湯気に煙る目の前でシャワーを浴びる拓未の下肢に目がいく。
体格と相まって、通常時でもその長大なモノの存在感に圧倒される。
これが限界まで昂ぶり、俺を貫くと考えるとそれだけで腰から背中にかけて震えが走る。
今更だが、どれだけ自分の体が淫乱なのかと思う。
自分の快楽だけを求めて一夜の相手を探すなんて、普通のサラリーマンではまずあり得ないだろう。
欲望を吐き出したければ、それなりの金を払って風俗店へ行けば済むことだ。しかし、男しか受け付けない俺の体はそんな生温いものでは満足できない。男にしか分からない快感を知ってしまっているから……。
無意識に下ろされた手は、すでに兆し始めたモノへと延び、ゆるゆると扱き始めていた。
「ん……はぁ……っ」
少しずつ、でも確実に硬さを示し始めた欲望を手で擦りあげて、我慢できずに甘い声を漏らしてしまった。
それに気づいた拓未はシャワーを止めると、長い前髪から滴を落としながらバスタブの横に膝をついて覗き込んだ。
「もう我慢できないのか?」
俺はバスタブの底に膝をついて尻を突き出すと、すっと目を細めた。
「二週間ぶりなんだ……ここ」
自ら手を添えて双丘を広げると、ヒクつく蕾を拓未の目の前に晒した。
これで俺に興味を持たない奴はいない。
拓未もまた、最初は戸惑っているようだったが、慎ましやかに誘う蕾に指で触れ、ゆっくりと円を描くように撫で上げてから、中心を指先で押した。
「遊んでいる割には綺麗な色をしている……。ここをどうするんだ?」
骨ばった長い指が蕾の入口にツプリと侵入してくる。そして意地悪そうに笑って動きを止めた。
ムズムズする感覚に、もどかしさを覚えながらも、何とかはやる気持ちを落ち着けて背中を反らせた。
ここで焦っては、あの店の看板男としての名が傷つく。何事においても相手を優位にさせたら負けだ。
「あぁ……解して。拓未のが入るくらい……指で」
「傷つけてしまうかもしれないぞ?」
「いい…から。痛いの…慣れてる……」
彼の指がグイと一気に穿たれると、不覚にもビクンと腰が跳ねてしまった。
二週間ぶりに与えられる快感は指一本でもたまらない。自分を誤魔化せても貪欲な体は正直だ。
根元まで埋められた指が俺の中で回転しながら動き始めると、すぐにグチュグチュと卑猥な音をたて始める。
「凄いな……もう締め付けてる。そんなに欲しいのか?」
「あぁ…っ、もっと、ほし・・・いっ…んっ」
腰を振りながら――というよりも自然に揺れてしまい、嫌でも誘うような動きで、二本目三本目を求める。
それに応えて、中をかき混ぜるように指を増やしていく拓未の動きは次第に思考能力をなくさせていく。
蕩けるような下肢からの刺激に、開いたままの唇から涎が流れ落ち、動くたびにバスタブから湯が零れていく。
背後から聞こえる拓未の低い声も心なしか熱っぽく、先程よりも艶を含んでいる。
「ここに今まで何人のモノを咥え込んだ?」
「わか…ん、な…いっ。あぁ……んっ」
「だいぶ解れてきたぞ。ほら……中が真っ赤に熟れて誘っているのが見える。もうビショビショだな。いやらしい音がするだろ?」
わざと聞こえるように指を激しく動かし、俺を徐々に追い詰めていく。
会社では実に禁欲的で仕事にはストイックな男だと思っていただけに、このギャップに頭がついて行かない。
言葉攻めがこれほどこたえるものだと思ったことはなかったからだ。
「いや…ん!あぁっ、あ……そこ…ダメ、ダメ…っはぁ…ひゃぁぁ!」
内部にある俺の弱い場所をいとも簡単に探し出し、その突起を引っ掻くように刺激され、俺は背を大きく反らすとたまらずに声をあげて吐精してしまった。
指だけで俺をイかせた奴はいない。前戯のほとんどは相手を昂ぶらせるための演技で、多少の苦痛が伴っても感じている“フリ”をしている。
それをすることで、より早く相手のモノを入れてもらえることを知っているから…。
でも今夜は違った。
中で動かされる指の長さも感触も、すべてがどストライクで、俺のいい所を的確に突いてくる。
このままでは俺の方が溺れてしまいそうになる恐怖を感じて、肩で呼吸を整えながら、ギュッと目を閉じた。
湯の中に放った白濁が浮かび、強張った体を弛緩させると、拓未はまた焦らすように指をゆっくりと引き抜き、俺を腕を持ち上げるように立ち上がらせた。
「もうイッたのか?この調子ならもっと期待してもらってもいいな」
「ん……」
彼の言葉に応えるのも億劫で、適当に返事を返してから体を支えられたままシャワーで体を洗い流し、脱衣所に出てタオルで全身を拭いてもらうと、廊下の反対側にある寝室のドアを開け、綺麗にメイキングされた広いベッドに押し倒された。
噛みつくような激しいキスと同時に胸の突起を摘まみあげられる。
「ん……ふぁ……んんっ」
痛いほどの刺激が甘い痺れに変わり、一度吐き出されたはずの欲望が再び硬さを増していく。
無意識に体中が波打ち腰が揺れる。
「よほど感度がいいみたいだな……」
首筋を思い切り吸われ、自分のモノだと誇示せんばかりに情痕を残していく。
その痛みもまた快感へと繋がっていく。
俺の体は何よりも貪欲だ。一度あの快感を覚えてしまったら、女を抱こうとは思えない。
「早く…!早く……してっ」
淫らに足を開き、自分の欲望を拓未の腹に擦りつけてねだる。
太腿には彼の硬いモノが当たり、俺と同様に欲情しているのが分かる。
それを――力強いペニスを早く挿れてもらいたいたくて、俺は艶めかしく腰を捩じった。
「焦るな……」
弱い部分を刺激するような低い声が耳元で響き、すっかり潤んでいる蕾に硬い先端が押し当てられる。
焦らすように何度か蕾の周囲を行き来するのさえもどかしい。
「はぁ…っ」
腰を両手でしっかりとホールドされ、ゆっくりと硬い灼熱の楔が押し入ってくる。
今までに感じたことのないほどの圧迫感と、皮膚が引き伸ばされ大きく広げられる感覚に、呼吸が乱れる。
ミシミシと音がしそうなほど広がった蕾が拓未の欲望を喰い締めている。
「おい…っ!力を抜け!」
彼は言うなり、俺のペニスに手を掛けるとゆるゆると上下に擦りあげた。
「ひい…っ!」
ふっと気が逸れた瞬間に一気に深いところまで穿たれて、息が止まる。
下腹部が熱い……。
みっちりと咥えこんだ質量に俺の中がめいっぱいに引き延ばされている。たったそれだけで中の粘膜は敏感に察知し、蠢動を始める。
「すごい……!いい…っ」
「動くぞ……。いいか?」
「あ…無理!――ダメ…あっ、あ、あ、あぁぁぁ」
わずかに引き抜かれただけで内臓ごと持って行かれそうな感覚に背筋がゾクリと震える。
グチュと濡れた音を出して、拓未の抽挿は繰り返される。
「あ、あ、あ…っ!いい……深い…よぉ」
「っくう、お前の中熱い…。それにこの締り具合、何人もの男を咥えこんだようには思えないな…。くそっ、俺ももたない」
拓未の腰の動きが速くなり、卑猥な水音と二人の激しい息遣いだけが部屋に響いた。
「い…いくぞっ」
「きて…!はやく……拓未…あ、あっ、イク…イク…あぁぁぁぁ!」
体が大きく波打ち、俺は自分の胸元まで白濁を飛び散らせ、拓未のモノを喰い締めた。
同時に低い呻き声と共に拓未がより深く腰を入れ、何度か前後に揺すりたてた。
内臓の奥で灼熱が迸る。その勢いに、再度喉をのけ反らせ、俺はぐったりと体を弛緩させた。
「お前……もう手放せない」
汗ばんだ首筋にキスを繰り返しながら囁く。その声は俺にとってこの上なく心地のいいものだった。
「――んっ」
返事をするでもなく息を詰めると、再び俺の中で大きくなっていく拓未を感じながら俺は気を失った。
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