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【3】

 体が鉛のように重い……。  特に下半身が思うように動かない。  目を開けて見なれない部屋をゆっくりと見回し、昨夜バーで出会った拓未と一夜を共にしたことを思い出す。  気を失っては下から突き上げる衝撃で目を覚まし、また快楽の絶頂を味わい、何度イッたかも気絶したのかも覚えていない。  ただ、この尋常でない下半身の怠さは通常では考えられないほどだったことを思い知らされる。  ゆっくり手をついて上半身を起こすと、太腿に温かいものが流れ落ちる感触に焦って布団をまくり上げると、白濁した液が蕾から溢れ出していた。 (ナマでやっちまった……)  拓未がコンドームをつけていないことにも気づかないほど、俺は快楽を貪っていたようだ。 「ったく、ゴム付絶対条件だって言ったのアイツじゃん……」  トプリと音を立てて溢れ出るものをティッシュで拭き取りながら、小さくため息をついた。  あの店で出会い、一夜を過ごす必須事項であるコンドームの使用を怠った拓未もまた、昨夜はよほど余裕がなかったと見える。  会社では細かいことにも口を出してくるほどの男だ。わざと着けなかったという下心がなければ、そう考えるほかない。 「――どんだけ出したんだよ」  体を起こしたまま両膝を立てて、足を広げているところにいきなり寝室のドアが開かれた。 「あ……」  そこに立ち尽くしていたのは拓未だった。シャワーでも浴びてきたのだろう。バスローブ姿で俺をじっと見つめると、まだ湿り気の残る髪をかきあげながら「悪い」とだけ呟いた。  それは何に対しての謝罪なのだろう。いきなりこのホテルに連れ込んだことか。それとも大量の精子を中に吐き出したことか……。  そんな彼の態度に呆れ、ベッドに体を投げ出した時、彼は足早に距離を詰め、俺の上に圧し掛かってきた。 「やめろ、なにするんだよ!」 「――また欲情した」 「今の“悪い”はそっちか!ふざけんなよ。どんだけナマ出ししたんだよっ」 「そう怒るな。これから掻き出してやるから大人しくしていろ」  そう言ってベッドに押さえつけるようにうつ伏せにさせ、腰をグイと持ち上げると迷いもなく蕾へと指を突き入れた。  まだ熱を持っているそこはわずかな刺激でもヒクヒクと新たな快感を求めて痙攣を繰り返す。 「いやだ……そこ…っ、はぁはぁ……」  ポタポタとシーツに落ちる白濁を股の隙間から見つめながら、俺は無意識に腰を振っていた。  次第に張りつめてくる欲望に手を伸ばし、上下に擦りあげる。  たったそれだけで欲情してしまうようになったのは、きっと拓未のせいだ。一夜の関係と割り切れば、セックスが終わった時点で俺の熱は一気に冷め、後のことなどどうでもよくなる。 だから、事が終わればさっさと帰り支度をするのが常なのだが、如何せん体がいう事を聞いてくれない上に、再び欲情してしまっている。 「どんだけ淫乱な体なんだ…。まあ、そんなお前が気に入ったんだがな」 「な…、なに言って……!んんっ!」 「どうした?イかないのか?ここを擦らないとだめか?」  拓未の指が中の敏感な突起を引っ掻くと、腰が激しく跳ねる。  俺の反応を見ながら口元を意地悪気に緩ませながら、執拗にそこばかりを攻める。  これでは中にあるものを掻き出すどころか、もっと奥へと逆流してしまいそうだ。 「いや…ぁ!そこ…も…イ…イク…イっちゃう!」  昨夜、何回出したのかも分からないのに、俺は自分の手を白濁まみれにして絶頂を迎えた。  ヒクヒクと痙攣し収縮を繰り返す蕾からは、ドプリと大量の白濁と共に指が引き抜かれる。 「ほら、シャワー浴びてこい。立てないのなら抱いていってやるぞ」  拓未は自分の吐き出した精子に濡れた指を舐めながら、崩れ落ちる俺を抱き起こすと、軽々と抱き上げてバスルームへと運んでくれた。  月曜日――。  今日からまた一週間が始まる。  金曜日の夜に出会った拓未――鳴海(なるみ)専務とは昨日の昼まで一緒にいた。  高級ホテルの一室で何度も抱き合って、外に食事に出て、そしてまた抱き合う。  まるで恋人同士のような時間を過ごしてしまった。  そのおかげで二週間欲求不満状態だった俺の体は十分に満たされ、今週も仕事を頑張ろうという気になる。  しかし……昨日の別れ際、互いに約束は交わさなかった。  これも暗黙の了解というか、俺自身も週末限りの相手と、今後も体だけの関係を続けたいとは思わない。  だから連絡先は交換しない。  俺に会いたければ金曜の夜、あのバーに来ればいいのだけの話だ。  それにしても――。今回の相手が同じ会社の専務だったとは。  あれだけ俺の体を焚き付けた男に、平然と……しかも会社での『俺』でいられるか、それが問題だ。  社内の相模(さがみ)碧(みどり)とハッテン場の碧が同一人物だと気付くことはまずないだろう。  俺は銀縁の眼鏡をかけ、いつものようにPCに向かっていた。  仕事中は同僚ともあまり会話を交わさない。  外回りに出る時はしぶしぶ、話したくもない取引相手に商品の説明なんかをしなきゃいけないのだが、決して得意とは言えない。 「――相模、ちょっと!」  俺の上司である営業部部長、山田(やまだ)の声がフロアに響いた。  自分が呼ばれたことに違和感を覚えながらも、のっそりと顔をあげ席を立つと、猫背のまま彼のデスクに向かった。  がっしりとしたいかにも元体育会系の山田は、喋る声も大きい。 「――なんでしょうか?」  蚊の鳴くような小さな声で問いかけると、山田はうっすらと眉間に皺を寄せた。 「お前、もうちょっとシャキッと出来ないのか?営業だろ?」 「はぁ…すみません」  自分の配下である営業部にこんな陰気な社員がいることが気に入らないのだ。  ここに配属されてからというもの、毎日のように言われ続けている。でもそれは、山田の憂さ晴らしと思うことにしていた。今回もまた、商談がスムーズにいかなかったことの八つ当たりなのだろう。 「まあ、いい……。これから、来週行われる大手取引先の獲得プレゼンの打合せがあるから同席するように。俺はお前の実力をかってるんだからな。もっとハッキリ喋れるようにしてプレゼンの資料も揃えておけ。あと、打合せには役員数名と鳴海専務が同席するから」 「――はい、分かりました。時間は?」 「午後三時、第二会議室だ」 「はい……」  俺はわずかに頷いて、自分の席に戻ると脇に積まれたファイルの中から資料を探し始める。  しかし、頭の中ではそれどころではなかった。 (マジかよ……)  あの鳴海専務が同席するなんて……異例の事だ。  プレゼンの打合せなんて大概営業部内で済ませてしまうのがほとんどだが、今回は社運をかけての獲得プレゼンということで役員も同席するらしい。  こんな大事なプレゼンを俺に任せるということ自体間違っているような気がする。山田は俺の能力の一体何をかっているというのだろう……。  見るからに陰気で、口数も少ない。そうそう飛びぬけて受注件数が多いわけでもない。毎月ノルマギリギリの俺……。 「おっ、今度のプレゼンの資料か?」  外回りから戻ってきた小島がPC画面を覗き込んできた。手には缶コーヒーを持っている。 「ああ……。俺に出来るのかな、こんな重要な企画」 「やってみなきゃ分かんないだろ?お前が選ばれるって大抜擢だぞ」 「それだけにプレッシャーだよ。小島、お前に譲ろうか?」 「なに言ってんだよ。めちゃめちゃネガティブだな……。やっぱりお前って営業向いてないんじゃないのか?」  コーヒーを口に運びながらため息をつくと、やってられないという顔でPCを立ち上げた。  本当はやりたい。でも、社運がかかったプロジェクトだけに失敗は許されない。  小島の場合はむしろ恐怖の方が先に立ったのだろう。もし今回のプレゼンが上手くいかなければ、営業部内だけでなく役員や一般社員からも何を言われるか分からない。  それだから俺が選ばれた――という説もある。  ハナから無理だと分かっているプレゼンに失敗し、失意のまま退職を決める……という台本がどこかにあるのでは?と思っている。 (あのなぁ……。俺だって、好きでこのキャラやってんじゃねーぞ!)  遠回しに責任はお前がとれよ……と言わんばかりの小島の態度に内心ムッとするが顔には出さず、三時に間に合うようにとりあえずの企画書の制作にとりかかった。  企画会議は定時にスタートした。  錚々たるメンバーの中で、猫背で押し黙ったままの俺の存在は間違いなく浮いていた。  大きな円卓の反対側には、あの鳴海拓未の姿があった。  高級ブランドスーツを嫌味なく着こなす彼の様子には相変わらず隙がない。あの夜、間近で見た端正な顔立ちも健在だ。  あの男に、声がかれるまで啼かされ続けられたと思い出すだけで、また体の奥がジンと熱くなるのを感じた。 「――ということで、ここで少し休憩を」  その声に弾かれたように俺は立ち上がると会議室を出よう試みる。  こんな息の詰まる場所に一秒たりともいたくないと思ったからだ。  木目調の出入り口のドアのところで鳴海専務とすれ違う。  ふわりと香った香水は、彼の車内に漂っていたものと同じだ。 「――相模くんだったね?今回は頼むよ」  あの微笑だ――。ぱっと見は人懐こそうではあるが、その裏には自信に溢れ、失敗は許さないとでも言いたげな圧力が感じられる。  くっきりとした二重の目が細められ、俺は慌てて目をそらした。 「はい……」  たった一言そう応えて、俺は俯いたまま通り過ぎた。  甘い香りに節操なく下肢が熱くなる。 (おいおい、会社で有りえないだろ…)  何とか気持ちを落ち着けようとするが、このままではトイレで抜かなければならなくなりそうだ。  大きく深呼吸して、肺の中に溜まった甘い香りを払拭しながら自販機で買った缶コーヒーを握り締める。 (週末だけの関係だろ……)  そう言い聞かせ、コーヒーを飲んでみるが、なぜか無性にイライラしている自分に気付く。  このイライラが何なのか分からない。  自分になのか、それとも……。  一夜の相手にこれほど執着するようなことがあっただろうか。  俺は、俺が求める快楽を与えられればそれでいい――はずだった。それなのに……。  おそらく、その相手が自分が良く見知った男だったから意識せざるを得ないのだろう。  そう――思いたい。  今週末は彼に会わないように、別の相手を見つけようとなぜか心に決めていた。  それは、きっと――本気になるのが怖かったからだろう。

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