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【4】

 長い一週間を乗り切り、俺はまたあのバーのカウンター席に座り、声をかけてくる奴を待っていた。 「今夜は……お約束ではないんですか?」  バーテンに聞かれ、素直に左右に首を振る。  彼はなぜか残念そうにため息をつくと、再びグラスを磨き始めた。  拓未との再会を心待ちにしているかのようなバーテンの態度は気にはなったが、今は彼の事を考えたくはなかった。  そのために今日もこの店に来たのだから……。 「――お一人ですか?」  突然背後から声を掛けられて肩越しに振り返ると、スーツ姿の青年が隣に腰掛けた。  身長も高く、顔もそう悪くはない。問題は体の相性だが、生憎俺の野性の感はその存在を認めていた。 「まあね…」 「碧(みどり)くんだよね?誘ってもいいかな?」  俺は少し黙って考えた。  なぜか拓未を待っている自分がいる。  彼が来て、声を掛けてくれるのを待っていた――ようだ。  しかし、俺の横に座った男は彼とは似ても似つかない全くの別人だった。  ホッとする反面、このまま無視して帰ろうかという気にもなってくる。 「――どうぞ。俺でよければ」  それなのに、俺はいつもの“俺”を演じてしまった。  一体どれが本当の俺なのか分からなくなってくる。  彼は優しく微笑むと、俺の手の甲にキスをした。 「俺は修二(しゅうじ)。まさかOKを貰えるとは思わなかったよ。恋人が出来たって話を聞いていたからね」 「俺が?」 「ほら、この前の人。君といい感じだったから……」 「あ…ああ?あの人は恋人なんかじゃないよ」  思い出すフリをして、俺は吸いかけの煙草を乱暴に灰皿に押し付けた。  俺の体に深く刻まれてしまった拓未の存在を払拭しなければ、新しい出会いも快楽も得ることは出来ない。  そう思った俺は、修二と名乗った男に向かって誘うように唇を舐めた。  カウンターに代金を置き、バーテンに軽く挨拶を済ますと、なぜか彼の手を握ったまま店を出た。  通りかかったタクシーを止め、乗り込もうとした時、道の反対側に見慣れた黒い高級外国車が止まっていることに気付いた。 (拓未……?)  彼の姿は見えなかったが、この店に来たのは確かだ。バーテンにでも聞けば、すぐに俺の行き先はバレるだろう。  たとえそうなったとしても、俺と彼とはアカの他人だ。  偶然出会って、一夜を過ごした。その夜のセックスでたまたま体の相性が良いことを知った――ただそれだけ。  修二と手を繋いでいる所を見られたかと気にはなったが、俺はその光景と胸の中でぐるぐると渦巻いている何とも言えない想いを振り払うようにタクシーに乗り込むと、冷めた口調で行先を告げた。  乱れた白いシーツに顔をうずめたまま、俺はぼんやりとしていた。  修二と名乗った青年はシャワーを浴びている。  行為の名残のある蕾は冷静さを取り戻していたが、体の奥の熱はまだ燻ったままだ。  情事の最中に他の男のことを考えるなんて俺らしくない。  まして、修二の指の動きからペニスの大きさまで、拓未と比べてしまうなんて有りえない。  週末だけの逢瀬を楽しんできたはずの俺が、たった一人の男に振り回されている。 「――碧、どうしたの?」 「いや、なんでもない」  体を起こしベッドから下りると、バスルームへ向かおうとすれ違った修二に腕を掴まれる。 「――あのさ。俺としてる時に別のこと考えてただろ?」 「そんなことねーよ。なかなかイイ感じだった」  俺は修二の頬にチュッとわざと音を立ててキスをすると、汗に濡れた髪をかきあげながらバスルームに入った。 (完全に図星じゃねーかよ…)  行きずりの男に考えを読まれるなんて、今日の俺はどうかしてる。  セックスの最中は純粋に声もあげたし、快感にも浸った。  これが嫌な相手なら演技かもしれないが、修二は相性がいい方の部類に入る。  それなのに、まだ何かを求めている。  手に入れたくても届かない何か――。 「――ったく、何してんだ、俺……」  ふっと耳元で拓未の低い声が聞こえたような気がして、俺は無意識に自分の欲望を握り上下に扱いていた。  熱いシャワーに打たれながら、拓未の指、声、そして感触を思い出すと、放った後にも関わらず、硬さを増したものが一気に昂ぶっていく。 「は……あぁっ……うふっん!」  タイルに片手をついて体を支えたまま腰を震わせて吐精すると、白濁が指の隙間を流れ落ちた。 「マジ…何やってんだ…俺」  情事のあとで――しかも、全く違う相手を思いながら自ら自慰に耽るなんて、もう狂っている。  それが拓未のことを思い出して……だなんて。  勢いのある水と共に排水溝に流れていく白濁を見ながら、グシャグシャと髪をかきなぐって、そのまましばらくの間動けなかった。  モヤモヤした気持ちを引きずったままプレゼンの当日を迎え、俺はシティホテルのロビーに来ていた。  取引相手の関係者と簡単な挨拶を済ませ、ロビーのすぐ脇にあるカフェでコーヒーを飲んでいた。  不思議と緊張はない。なぜかって――これが終われば俺はこの会社から離れることが出来ると思っているからだ。  強豪が集うこのプレゼンに勝てる自信は全くない。他の企業は皆やり手ばかりが揃っている。  そんな中で、負けを承知であえて戦う意味があるのだろうか……。 「――相模くん、ご苦労様」  コーヒーカップを持つ手元に影が伸び、わずかな視界に入ったスーツ姿に顔をあげると、三つ揃いのスーツを完璧に着こなした鳴海拓未が立っていた。  一目見て有名ブランドの物だと分かるスーツを嫌味もなく着こなすところは、やはりこの男でなければ出来ないだろう。 「あ――専務。お疲れ様です」  立ち上がることもせずに上目遣いで彼を見てから、わずかに頭を下げ、躊躇なく視線をそらす。  あの意志の強い瞳に射抜かれるのが怖かったからだ。  俺のすべてを見透かされているのでは……と不安になる。 「まだ時間はあるね?相模くん、ちょっと私と最終の打ち合わせをしないか?今回は社運が掛かってる。どんな質問にも対応出来るように話を詰めておきたいんだが……。いいかい?」  柔らかな笑みを浮かべて話す拓未には、俺を訝しむ様子は全く感じられない。  まだ気づいていないのだろうか……。  それならばいっそ、永遠に気付かないままでいて欲しい。  陰気でウザいだけの社員の皮を被っているのは、実は淫乱なビッチだという事を……。 「え…?えぇ……分かりました」  俺は極力目を合わせずに立ち上がると、資料の入った大きなバッグを肩にかけ、彼のあとについていった。  エレベーターに乗り、客室のある階で降りる。狭い廊下を進み、奥まった部屋に案内される。 「あの……」 「あぁ、ここは当社の控室になっているんだよ。気にすることはない」  カードキーでドアを開けると、見るからに低料金クラスの部屋がそこにあった。  決してお世辞でも広いとは言えない。ベッドもシングルだ。  俺は備え付けのテーブルに資料を広げると、壁に備え付けられた鏡越しに拓未の姿をこっそりと盗み見た。  彼はベッドの端に腰掛けると、ネクタイを緩め、長い脚を組んでいた。  その一つ一つの仕草も洗練されており、俺の心臓を早くさせていった。 「――企画書は部長がチェックして役員の方々の承認もありますが、専務も目を通されますか?」  ノートPCの電源を入れながらボソボソと問いかけると、顔を上げた彼が鏡越しに視線を合わせてきた。 「あぁ……。少し調べておきたいことがあるんだ」  そう言いながら彼は上着を脱ぎ、シャツの袖口を捲り上げた。 「え……」  彼の不可解な行動に戸惑っていると、突然背後から抱きしめられた。  自分よりも体格のいい彼に動きを封じられては、身動きが出来ない。  焦った俺は必死に腕を動かしてもがいてみるが無駄な努力だった。 「何をするんですか、専務っ!」 「そこに両手をつけ!」  鋭い低い声が鼓膜を震わせる。  会社では見たことのない彼の姿に狼狽しながらも、俺は自分の正体がバレることを何より危惧していた。  あくまでも陰気で目立つことを嫌う社員を装う事に徹する。 「嫌です。何をする気ですか?」  両手をベッドに押さえつけられ、俺は必然的に腰を突き出すような格好にされる。  こんな格好で最終のチェックも何もないだろう。  どう考えても違う方向に向かっているとしか思えない。  俺は嫌な予感を抱きながら、背筋に走る悪寒を感じずにはいられなかった。 「――疑問に思っていることは今のうちに解決しておいた方がいいだろう?」 「そうですけど……!なぜこんなことをっ!」 「黙れ……」  高圧的な凄みのある声で一喝され、俺は口を噤んだ。  俺の背中の覆いかぶさるようにして拓未の手が俺の腰に回され、ベルトを外し、ファスナーを下ろしていく。 「何をするんですかっ!」  彼は黙ったまま、俺の言葉を完全に無視した挙句、スラックスを下着ごと膝まで引き下ろすと、事もあろうに俺の膝を限界まで広げた。 (嘘だろ……)  いくら二人きりとはいえ、こんな場所で、しかも正体を明かしていない俺が犯されるとか…。  もしかしたら、拓未はどんな男でも見境がないのか?と疑わざるを得ない。 「専務!やめてください。なにを…あぁ…っ」  拒む俺の背中を力任せに押さえ込み、不意に双丘の割れ目に指を這わせた。 「ひぃっ!」  冷たい指が無遠慮にその奥で慎ましげに閉じている蕾を撫で上げた。  思わず出てしまった声にはっと息を呑む。 「――ここを調べたいんだよ。重要なことだ」 「何をおっしゃっているのか分かりません!そこは関係……ない!あ……いや…だっ!」  ジェルも塗られていない渇いた蕾に容赦なく指が埋められ、ピリッとした痛みに顔を顰めながらも、腰に甘ったるい痺れが走る。  事前に解されていないのにもかかわらず、内部はもう濡れていて彼の指をスムーズに受け入れている。  暫くしてグチュグチュと音がし始め、中で長い指が動くのを感じると、吐息が漏れる。  同時に腰もわずかに揺れてしまっていた。 (どこまで淫乱体質!)  自分の体を罵りながらも、声を抑えることが難しくなってくる。 我慢すればするほど、この体は自制が聞かなくなってくることは自身が一番よく分かっている。  しかも――だ。相手が、ずっと気になっていた男からの愛撫であれば余計に抗えない。  この指を求めて、それでも代用を求めてみたが俺の体も心も満たされはしなかった。  やはり、この感触は一度味わったら忘れられない。 「く…っふ…」  後孔から与えられる刺激で、すでに下腹につきそうなほど反り返った欲望は、先端から透明な蜜を滴らせシーツを濡らしている。  まるで女のようで恥ずかしい……。 「相模君……。君のここは正直だね?決して己を偽ったりはしていないよ」 「な…なんでっ……はぁ…あぁっ」 「随分と感度がいいね?社内での君からは想像できないよ」 「ん…いやだ…やめてくだ…い!」  拓未の指は知らずのうちに三本に増やされ、それを何の苦痛もなく銜え込んでいる俺はもう、あの夜の快感を呼び戻し始めていた。  まるで生き物のように動く指、そしてその後に待っている底なしの快楽を想像するだけで腰が揺れてしまう。 「確か……ここ、だったかなぁ?重要なところは――」 「ひぁ!あっ、あ……あぁぁぁっ!」  前立腺の突起を指先でぐっと押されて、俺は背を反らせて声をあげた。  普段の俺からは有りえない声が響く。  確かに――確かに重要だけど!この状況でそこは触っちゃダメだろう!  下半身にわだかまった熱が渦巻き、一気に高まった射精感だが、拓未はそんな俺を見下ろしてニヤリと笑うと指を一気に引き抜いた。 「あ…ぁ」  急に襲われた虚空感に、揺れた腰をその指を追うように突き出す。  与えられない快楽を強請るように、背はしなり、内腿のブルブルと痙攣を繰り返している。 「――慣らしてもいないのに随分とすんなり俺の指を受け入れたじゃないか?週末、誰かのモノを咥えこんだのか?」  俺は必死に首を左右に振る。  多分――いや、もう完全にバレている。でも、ここで正体を明かすわけにはいかない。  この後控えているプレゼンにどんな影響が出るか分からない。  ――というか、すでにもうヤバい! 「ちが…う。知らない…っ」  今の俺は相模 碧だ。根暗で目立たない空気のような存在……。  そう言い聞かせてみるが、一気に高められた欲望はそう簡単には治まってはくれない。  乱れた髪の隙間から肩越しに彼を見やる。拓未はスラックスのポケットから小さな包みを出すとそれを開封し取り出した。  ぼんやりとした視界では判断出来ない。鏡越しに目を細めてそれをじっと見つめると、おもむろに俺の欲望を掴んだ。 「いやっ!」  先端から蜜を溢れさせている完全勃起したソコに手際よくコンドームが被せられていく。  触られただけでもイってしまいそうな状況なのに、その指の動きは尚更俺を昂ぶらせる。  しかし、それだけでは終わらなかった。彼は再び手にした細い紐を茎の根元に巻きつけきつく縛り上げた。 「うわ…っ、や…やだ…取って!」  これには俺も焦りを隠せなかった。  せき止められた場所は赤く膨張し、ゴムの中に透明な蜜を吐き出し続けている。  このまま攻められたら、精液を吐き出せないどころか、ドライでイク事になる。そうなったら、射精直前の快感が継続的に襲い、俺の理性は粉々に砕ける。  拓未の意図が分からないだけに、俺は不安しか抱けない。 「さて――。ここは私が容認したところだが、外部の侵入を許したとなると修正が必要になるな」  彼はそう言いながら再び潤んだ蕾に触れると、俺は頭を勢いよく振った。 「も…やめ…て!やだぁ!」  これ以上何かをされたら、俺はもう普段の姿を保ってはいられない。  男を誘う淫乱なビッチになり下がるのだ。しかも、スーツを着たまま、この男の前で……。  それだけは絶対にイヤだ。なぜって――。  しかし、拓未はスラックスのポケットの中から小さな卵形のモノを取り出すと、潤んでヒクヒクしている蕾にあてがうと一気に中に押し込んだ。 「ひぃ……っ!」  異物を跳ね返す粘膜に逆らうように、指先を突っ込んでそれを最奥まで入れると、もう一度蕾の入り口が大きく割り開かれる感触にブルリと体を震わせた。 「な…何を入れた?!」  まるで拓未の指を複数咥えさせられているようで落ち着かない。  それに圧迫感と違和感は半端ない。 「な…なに…したんですか!」 「外部の侵入を許した君へのお仕置きだ。これは重要なことだよ。これでプレゼンが失敗したら君のクビは確実だからね」  意地悪そうな笑みを浮かべて、膝に絡まるように下ろされていた下着とズボンを引き上げ、金具の音を鳴らしながらベルトを締めると、拓未はやっと体を起こした。  急に軽くなった体を恐る恐る起こしてみる。下半身に強烈な異物感を感じながらも、一度昂ぶった体はまだ燻り続けている。  自身を抱きしめるように腕を回して拓未を思い切り睨みつけた。 「俺が一体何をしたって言うんですか!……あぅっ…はっぁ!」  声を荒らげた時、不意に中から起こった震動に腰が抜けそうになる。  さっき俺の中に入れられた卵形のものは小型のワイヤレスバイブレーターだったのだ。  それが内膜をジワリと震わせ、しかもイイ場所に当たるものだから猛烈な射精感を催すが、根元を締められているために出すことが出来ない。  熱い息が唇から自然と漏れる。  目を閉じると、こめかみでドクドクと血管が膨張し、まるで全身が心臓になっているのでは?と錯覚する。 「――君は俺のよく知った人に似ているんだよ。まさか……とは思ってはいたんだけどね。その人はとても淫乱で可愛い人なんだ。自分の感情をありのままに出す人でね……。君がもしその人と同一人物でなければこんな仕打ちにも耐えられるはずだ。彼はね、あそこに指を入れただけでイってしまうような人なんだよ」  何かを思い出すように含み笑いをしながら、拓未はベッドから立ち上がり、傍らに置かれた上着を羽織った。  手にしたバイブレーターのリモコンを見せつけるようにして笑う。  ふわりと香る甘い香水にも、俺の体は即座に反応してしまう。 「相模君、間違っても自分でその戒めを外そうなんて考えないことだよ。バイブは落ちないようにプラグを入れてあるから安心してプレゼンに集中してくれ」  それだけ言うと振り返りもせずに部屋を出て行った。  ベッドに腰掛けたままその背中を見送って、ドアが完全に閉まるのを見計らったように俺は大声で叫んだ。 「――くそっ!バレてんじゃねーかっ!」  バイブの震動がおさまると、のそりとベッドから立ち上がり、テーブルに手をついて息を整える。  息苦しさに肩が自然と上下する。  それなのに、淫乱な体は無意識に下肢に手を伸ばしてしまう。  スラックスの生地を押し上げるように勃起したペニスは下着の中でピクピクと頭をもたげて震えている。  コンドームを被せられているおかげで、粗相をしたような状態になることはないが、勃起していることは隠しようがない。 (熱い……出したい…っ)  そればかりが頭を埋め尽くし、とても落ち着いてなんていられない。  まして、大事なプレゼンを成功させるなんてことは無理だ……。 「なんで…。なんで、こんなことするんだ!アイツ……!」  一夜だけだったとはいえ、優しく接してくれた彼のイメージを覆(くつがえ)すほどの卑劣なお仕置きに、だんだんと怒りが込み上げてくる。  自分は悪くない……絶対に。  拓未が店にいなかったからいけない。俺を…俺を手放したのは彼の方だ。  言い訳がましいことばかりが浮かんでは消えていく。  それに、俺の体を知り尽くしたような攻め方は、どれをとっても俺が一番感じるものばかりだ。 『…もう手放せない』  あの夜、気を失う前に聞こえた彼の囁きが脳裏をかすめる。夢と現実の狭間で聞こえた妙に真剣みを帯びた低い声……。  ハッテン場で出会ったヤツの言葉なんか信じられるか!  どうせ、目的はこの体だけなんだから……。  拓未の優し気な笑みを自分の中から払拭し、俺は吐き捨てるように呟いた。 「俺は……、アイツのモノじゃない!」  腰を突き出すようにして少し身を屈めて広げた資料を片付けると、ふらつく足取りで部屋を飛び出した。  照明を落とされた会議室はプロジェクターの明かりと、資料を読むためだけのわずかな手元灯だけがやけに眩しく感じ、より一層の緊張感を醸し出している。  俺は背中に流れる冷たい汗を奥歯を噛みしめながらやり過ごし、手元の資料を睨みつける。  時々、不意に最奥で振動する玩具は、拓未が持つリモコンで操作されている。  何の前触れもなく振動する中が、疼いて仕方がない。  勃起した場所を隠すように上着を出来るだけ下げて、思わず漏れてしまいそうになる声を誤魔化すために何度も咳払いをする。  そんな俺の方を見て拓未は楽しそうに微笑んでいる。  社運をかけたプレゼンが失敗したとなれば、俺はもちろんだが営業部長をはじめとした皆に迷惑が掛かる。それに今回の案件を担当した拓未だって、社長から何も言われないはずがない。  それほど大切なプレゼンだと知っていて、しかも俺が進行することも分かっていて、なぜこんなことをするのだろう。  どう考えても失敗することは目に見えている。  余程、俺は彼に嫌われているらしい。あの夜、まるで恋人同士のように甘い時間を過ごしたというのに……。  俺の何がいけない?俺が何をした?  お仕置きされる理由といえば、彼と会わなかった間一度だけ夜を共にした修二との事ぐらいだろうか。  修二と店を出る時に気が付いた拓未の愛車の存在を、もっと重要視しておくべきだったと今になって後悔している。  だが、拓未ぐらいの男であれば俺でなくても、男でも女でも引く手あまたのはずだ。  なぜ、俺に固執する必要がある?  俺は自由でいたい――はずなのに。  無遠慮にスイッチを入れられるたびに、きつく縛られた下肢の疼きと蕾を広げたプラグに身を捩るほどの快感に耐えなければならなかった。 「はぁ…あ…ぁ…んっ」  堪えていても、随時与えられる刺激に艶めかしい吐息が零れる。  そんな俺を見かねてか、隣りに座る部長が心配そうに俺を覗き込む。 「相模、体調でも悪いのか?さっきから息苦しそうだが」 「だ、大丈夫です……多分」 「多分って……。ムリはするなよ」  眼鏡のブリッジを押し上げ、部長の視線から逃げるように、潤んでいるであろう目をそむける。 「――では、A商事様。宜しくお願いいたします」  司会者の声に今までに感じたことのない緊張感が走る。  俺は震える体を悟られないようにゆっくり立ち上がると、渡されたマイクを掴み一礼する。  今はプレゼンに集中するしかない。  この企画が失敗すれば俺はこの就職難の時代にリストラされる。  ま、そうなったらなったで、ウリ専の道だけは残されている――なんて考えもしたが、今はそれを笑って言う余裕はなかった。  少しでも気を抜けば、喘ぎ声がマイクを通して会議室全体に聞こえてしまう。  物凄く長い時間に感じられる。実際は二十分程度のことなのに……。  手元の資料を読み上げながら、プロジェクターに映し出されるグラフや流通経路の説明に徹する。  その間はさすがに、中を刺激するバイブレーターは動くことはなかった。  拓未も少しは危機感を感じたのだろう。  地獄のような制限時間が終わり、俺は何とかやるだけのことはやった。  隣りの部長も満足げに微笑んでいる。その顔で、とりあえず成功したことを知った。  俺はマイクの電源を切り、近くにいたスタッフに渡すと、倒れそうになる体を椅子に落ち着けた。  未だに手が震えている。それは緊張から来るものだけではなかった。  手だけではない足も腰も、すべてが限界を超えそうになっていた。  フワフワした感覚に、床に足がついていない気がして気持ちが悪い。  思考も曖昧で、視界が滲んで反対側に座る人物の顔さえ判断できない。 (も……イク…イかせて!)  焦らされ続けられた俺の心を見透かすかのようなタイミングで中の玩具が激しく震動した。  ビクッと全身を震わせて、椅子から滑り落ちるようにその場に崩れ落ちた。 「あ…あ、あぁっ」  両手で口を押えながら喘ぐ。もう……止めることは出来なかった。 「相模!」  部長の声が遠くで聞こえる。  自分の体が自分のモノでなくなった瞬間だった。  腰を突き出すようにビクビクと痙攣を繰り返していると、不意に体がふわりと浮く感じがして、耳元で低い声が聞こえた。  部長の声とは違う。もっと優しくて、俺が求めていた声……。 「――上出来だ」  俺は真っ白になった頭を再起動させることなく、そのまま気を失った。

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