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第3話 まずは、形から
ひどい状態だから見せたくないという部屋に、無理やり押し掛けた。
中は、確かにひどかった。
ゴミだらけなわけではなかったが、全体に荒んでいた。物は少ないが、何もかもが乱雑に放置されていた。
香野は、このまま小鳥遊晴希を置いていけないと、強く思った。
せっせと掃除をして、部屋は綺麗にした。だが、生活が変わらなければ、またすぐ逆戻りだ。
自分が知っている小鳥遊との違いに、心底驚いたし、心配した。
だから、連れて帰ってきた。
玄関の鍵を開けて、振り返って小鳥遊の様子を見れば、肩を落として、相変わらず手のひらを握ったり開いたりしている。
次は、本人をさっぱりさせなければならないと、勝手に決めた。
「晴希、掃除してほこりっぽいから、シャワー浴びよ」
「え?そうかな?」
「そうそう。ちょっとさっぱりして来いよ。俺もあとでシャワー浴びるから」
「……わかった。行ってくる」
適度に落ち込んでいるのが功を奏したのか、小鳥遊はおとなしくシャワーに向かった。
香野は、さてどうしたものかと、換気扇の下で煙草に火をつけた。
深く煙を吸って、長く吐き出しながら、小鳥遊の部屋にあった煙草を思う。
自分のものと、同じ銘柄。
吸っていたとしても、服についた匂いは、ここに来ればまぎれてわかりにくい。
なぜ、隠していたんだろう。なぜ、同じものなんだろう。
今のところわかっている事は、お互いにお互いを好きだということ。それを、お互いが知っているということ。特別な間柄になろうと、決めたこと。
わかっていない事は、空白の10年の間に何をしてきたのかということ、どんな経験をしてきたのかということ。
そこには、小鳥遊がどんな人と結婚して、どんな理由で別れたのかということも、含まれてしまう。
あの荒んだ部屋と、「僕のことなんて、どうでもいい」の原因は、少なからず結婚生活とその破たんに理由があるんじゃないかと思っている。
でも、ただの邪推かもしれない。だから、かなり慎重に聞き出さなければならない。
それから、自分のことも、話したほうがいいだろう。
と言っても、いっそ面白いほどに何もない。高校にも、大学にも、幼馴染の晴希以上に仲良くなれた友達は、いなかった。恋愛もいくつかあったが、いつの間にか振られていた。ここ数年は、面倒くさくて、女に近づいていない。ほどほどの学校に通って、ほどほどの成績で卒業した。
あの、シャープペンシルは、まだ持っている。そのおかげか、文房具屋に就職できた。
毎日通勤電車に乗って、仕事にいくだけの生活に、じわじわと小鳥遊晴希が浸透してきた。
どんな順番で、何から聞いて、何を話せばいいかと考えていると、小鳥遊の声がした。
煙草を灰皿に押し付けながら振り返れば、シャワーを浴びて出てきた小鳥遊がいた。
「風呂、空いたよ?」
「あ…うん」
香野は、吸い寄せられるように小鳥遊の目の前に立ち、その腕にそっと手を添えた。
「どした?」
「いや、なんか、目から鱗がぼろぼろ落ちたらしくて、なんか、すごい晴希が可愛く見えるんだけ…ってっ」
言い終わらないうちに、小鳥遊の手の平が、額にぺちんと当たった。
「バカな事言ってないで、早く行って来い。埃っぽいんだろ?」
はーいと返事をして、香野は風呂場に向かった。
なんか、可愛い、なんか、変、なんか、なんだろう……。
さっきまで、あれほど順序を気にして、慎重にと考えていたのに。風呂上りの顔を見たら、そんなものは全部吹っ飛んでしまった。
自分は、かなり浮かれているらしいと、頭半分では自覚しているものの、顔がにやついて仕方がない。
これは、ちょっとダイレクトに押してみたらどうだろうか?まずは形からというではないか。
香野は、よしっと意味のわからない決意をして、居間に戻った。
☆
小鳥遊は、ラグに座り込んでぼんやりしていた。というより、風呂場の音をずっと聞いていた。
シャワーの音が止んだ、扉が開いた、布の擦れる音がする。足音が近づいてくる。
香野が、何をしているか、その音を聞けば全部わかった。
足音が、自分のすぐ近くで止まったのをきっかけに、顔を上げた。
そこには、機嫌よく笑う香野がいた。
「ゆ、勇也、水、飲む?」
そう言いながら立ち上がり、香野の横をすり抜けようとしたが、失敗した。
香野が、小鳥遊の腕を押さえた。
「いい。それより、ちゅーしていい?」
「い、い、けど」
「けど?」
上げ足をとりながら、香野は小鳥遊を両腕でだきこむ。精一杯優しい目で、小鳥遊の大きな目をのぞきこむ。
そうすると、小鳥遊の顔が照れて緩んだ。
目尻にちゅっと先ぶれを落とすと、目をぎゅっと瞑った。その隙に、香野は小鳥遊の唇をやさしく食んだ。
舌でそっと歯を撫でて、中に入れてくれと頼んだ。
小鳥遊は、歯を緩めて香野の舌を迎えてくれた。歯の先をなでて、舌と舌で舐めあって、少しだけ互いの中に自分を潜り込ませる。
……これじゃまるで、してるみたいじゃないか。
小鳥遊は、喉の奥が震えて、苦しいような声が漏れた。
「あ、はるき、あの、ごめん。ちょっと必死すぎた」
「いや、あの、へいき、ちょっと、息継ぎ失敗した、だけ」
互いの体を抱き寄せて、肩越しに頭をもたせ掛けあう。
その位置関係に、男同士なんだなと思う。回した背中の広さや、肩の張りのある硬さにも気が付く。でも、そんな事で甘く膨れ上がった気持ちが、しおれるようなことはない。
香野は、小鳥遊の体ごと座り込んで、しっかりと抱き寄せた。
「なぁ、晴希。俺、やっぱり晴希が好きだ。ちゅーもしたいし、えっちもしたい」
「やり方、わかんの?」
「わかんね」
神妙に聞いていれば、あっさりわからないと言う。そんな香野の様子に、小鳥遊は吹き出して笑ってしまった。
「そんな、笑うなよ。気持ちの問題と、知識にちょっとずれがあるだけ」
「いや、そうだけど、そこ、肝心なとこじゃないの?出たとこ勝負すぎるよ。だって、どっちかは受け身にならなきゃできないんだよ?」
「おー……。そういや、そうだ。晴希だって、今までノーマルできたのに、急にこんな事言われても困るよな」
「そっちこそ。どっちも男なんだよ?」
「知ってるっつの。子どもの頃には、全裸で一緒に風呂入ったし」
「そうだけど…」
「んー、難しい事はよくわかんないけど、くっついて触ったり、気持ちよくしたりしたいんだもん。そんくらい、好き」
「だもんって、もうすぐ30になろうかっていうのに…」
「甘やかす気満々だったのに、俺が甘えてどうすんだっていうね。でさ、ちょっと触っていい?」
「展開早いね…」
小鳥遊が、浮かれた香野をじとっと睨む。
「えー、ダメ?好きだなーってなったら、触りたくなんない?」
「そりゃ、そうだけど」
「けど?」
「心の準備というか、あの、だって、男と付き合ったことないだろ?」
「まあね。でも、それとこれと関係ある?晴希がいいの」
まっすぐに目を向けられて、まっすぐに気持ちを注がれる。その目に絆されたことにしたくてたまらないが、言っておくべき事がある。
小鳥遊は、苦し気に眉を寄せて、少々にがい告白をした。
「勇也。その気持ちは、すごく嬉しい。でも、僕がどんな風に勇也のこと見てたか知ったら、どうかな…」
「どんなって?」
「もう、ずっと前から勇也が好きだったよ。絶対言えないと思ってたけどね。傍にいたくて、家にまであがりこんで。あの荒んだ家に帰っても、思い出すのは勇也のことだ。勇也と同じ煙草を吸って、勇也を思い出して…」
「一人でした?」
苦し気に、小鳥遊はうなづく。罪を犯したもののように、項垂れている。
でも、香野に言わせれば、それは罪でもなんでもない。
「じゃあさ、これからは、二人でしよ?俺のこと思って、エロいこと考えてくれたんなら、俺、我慢しなくていいんじゃん」
「いや、だから、気持ちは嬉しいけど……」
「どっちが上とか下とかってのは、相談?かな?なんか、色々してるうちに、わかるかもよ?」
「上じゃなくても、できんの?」
「うーん、まだよくわかんない。でも、晴希と一緒に気持ちよくなりたい。そっちが先だから」
小鳥遊は、目を潤ませている。香野は、また目じりにキスをした。それからそっと抱き寄せて、髪にもキスをした。
「晴希、好きだ」
抱き寄せられたまま、小鳥遊はじわじわと肌を晒し始めている。
香野が、唇や手で肌にふれながら、服を押しのけてその面積を徐々に広げているからだ。小鳥遊の呼吸は、早い。
ずるっと上衣を脱がされると、香野が目の前の乳首にやさしく吸い付いた。
最初は、くすぐったいような妙な感じだなと思っていた。
吸ったり、舐めたり、色々されているうちに、だんだん刺激が強くなってきた。
「ちょ、っと、それ、そろそろ止めろ」
「んー?ダメ?じゃ、最後な」
そういって、香野はかりっと歯をたてた。
瞬間、小鳥遊の背中から腰にびりびりっと電気が走り、体がはねた。
飛び上がりそうになる体を、香野が抱き寄せる。しがみついた小鳥遊には見えていないが、香野はにやりと笑っていた。
「晴希、寒い?」
「平気、だけど、なんで、俺だけ…」
「あ、そっか」
香野も、上衣を脱いだ。
晒された大人の男の体に、小鳥遊は自分が欲情するのを、抑えられない。
思わず首筋に唇を押し当てた。硬い首をつたって、鎖骨に吸い付いた。小さな音をたてて、皮膚越しに骨を舐めていると、自分が熱くなるのがわかる。
段々と持ち上がる自分自身を、香野に触れさせたくなくて、腰が引ける。
でも、そんなことはばれているのか、ためらいなく香野がボトムに手をいれてくる。
がっと全身が熱くなる。香野の手に包まれた自分自身が、熱く硬くそだってしまう。
「晴希、可愛い」
当の小鳥遊は、額を香野の肩に押し付けて、細く荒く息を吐いている。
感覚が、香野の手の動きを追ってしまう。表面も中も、足の先も背中も、どこもかしこもびりびりする。
「楽なかっこにするか」
しがみついていた手を取られたと思うと、香野が、小鳥遊にちゅっとキスをした。
それから、小鳥遊の体を反転させて後ろから抱き寄せた。小鳥遊の腕の下から香野の手が伸びて、改めて熱い中心を掴まれる。
香野の目の前に、自分が晒されている。恥ずかしいのに、反比例するように自身は天を向く。
「すっげー、嬉しい。めちゃくちゃ可愛い」
香野は、潜めた声で囁きながら、大きな手で小鳥遊の中心を上下に扱いたりくすぐったりする。
小鳥遊は、跳ねる体を押さえようと、香野の足を掴む。
我慢したいのに、ひっきりなしに足の先から背中に向かって、何かが駆け上がる。
片手を口に当てて、必死で声をこらえた。
うっかりすると、とんでもない声をあげてしまいそうだ。
「晴希、はるき、すげー、可愛い。こんなんなってんの、すげーうれしい。いっぱいでてる」
「かいせつ、すんな」
「一緒にこっち触ったらどうなるかな」
「知らねーよっ」
じゃ、ためしてみよっと。
香野は、片手はそのままに、もう片方の手で小鳥遊の乳首をつまんだ。
「んっふっっっんんんっ!」
大きく背中をしならせて、小鳥遊があえぐ。んっんっと喉奥からこらえきれない息をもらす。
香野は、目の前で大きく反らされた喉に吸い付いた。
好きだと思ったら、キスをしたくなった。キスをしたら、触りたくなった。触ってみたら……なんて、可愛くなるのだろう。
自分の手の中で、小鳥遊の中心がびくびくと反応する。濡れた水音と、くぐもった声が、香野の耳を甘く撫でる。
香野は、自分も熱く硬くなって仕方がない。密着しているので、小鳥遊の体にこすりつけるようになっているのが、少し申し訳なくて、めちゃくちゃ興奮する。
手の中のものが、張り詰めてきて、水音が大きくなってきた。
そろそろだろうか?
「晴希、いけそう?」
荒い息をこぼす小鳥遊は、ぎゅっと眉根を寄せて怒ったような顔で香野を斜めに見た。あっと思うと、首が伸びて、唇が開きながら近づいてくる。
伸びようとする舌を、香野は舌で出迎えた。
そうして、深いキスをした。
そのキスのいやらしさに、香野の手が強くうごく。小鳥遊は、びくびくびくと大きく振るえて終わりを告げ、そのまま香野にもたれかかった。
……俺の、手で……。
香野は、嬉しさと達成感を感じながら、ちょっともったいない事をしたなとも、思っていた。
こんなに可愛く応えてくれるなら、自分も一緒にイけるようにすればよかったなと。
それでも、最初から欲張り過ぎかと小さく笑って、小鳥遊の髪にキスをした。
しばらく、息を整えていた小鳥遊が、大きく深呼吸をした。
「…っつか、展開早すぎだからっ」
香野の胸にもたれたままの小鳥遊が、悔しそうに小さく詰る。
「だって、可愛いんだもん」
「だからっ、だもんじゃねー、可愛い子ぶるな。ったく、なんの準備もしないから、お前の服も俺の服も汚れたし」
「晴希、さっきからキャラ変わってる。そんなんだっけ?」
「ほんとは、こんなん。あと、恥ずかしいからっ」
どれどれと小鳥遊の顔をのぞき込めば、悔し気に眉をしかめているが、目元が赤い。
香野は、やっぱりにんまりと笑ってしまう。
「なんだよ」
「何か、また一歩近づいたような気がして。また、していい?」
「っ!今触んなっ!……いい、けど、その、もうちょっとちゃんと、っていうか、せめて床の上じゃないとこがいい」
「そうだよね。次はちゃんとあっちに連れてくよ。晴希」
寝室方面に顎をしゃくってみせる香野を、小鳥遊はやっぱりじとっと睨む。すると、その鼻の頭にちゅっとキスが降る。
「っなに?」
「やっぱり、晴希がすげー好き」
しょうがないなと小鳥遊は、苦笑いをこぼす。
「俺もだよ」
そう言って、香野にキスをした。
たった2日で、もう何回キスをしたか、わからない。でも、何回したって嬉しい。
それなら、気にしなくてもいいんじゃないかと思った。
小鳥遊は、香野とのキスを自分に許して、その体を香野に許すことを、とうに決めていた。
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