5 / 18

第5話・堀川

『今日の関東地方は上空に猛烈な寒気が入り込み、夕方頃から雪が降るでしょう』  街頭ビジョンがそんな天気予報を告げていた。それを横目に、俺と三上はケーキ屋へと向かう。 「マジか」 「だから寒いのな。うー、さっみぃ」 「ホワイトクリスマスとか、ロマンチック。ウフフ」 「キモゴリラ。つかマフラーもコートもなくて、寒くねーのかよ」 「筋肉あるしな! 全然ヨユー」 「筋肉ゴリラめ」 「で、どれにする?」 「あー、やっぱ定番?」 「イチゴの? うお、見ろよこれスゲー、ハート型だ! しかもピンクのクリーム!」 「へー。色んなのあるんだな」 「ねえ三上くぅん、このハートのにしちゃうー?」 「キッモ」 「ひどーい! ゴリ美の心は繊細なんだからねー?」 「ハイハイ。あ、すみません、この五番のこれ、お願いします」 「え、え、マジで? ハートのヤツにするん?」 「他のはデカいじゃん。高いし」  三上はさっとお金を払って、サンタコスしたお姉さんからケーキを受け取ってくれた。  イチゴのちっちゃいのもあったけど、いいのかそれで!?  ハートのケーキとか、もう恋人同士のヤツじゃん。カップルが、「えー、可愛いすぎてフォーク入れられなーい」「じゃあ俺が食べさせてやるよ、はいあーん」ってやる専用のヤツじゃん。で、「あーもうハート欠けちゃったぁ」「俺のハートはずっと欠けないぜ……」「あーん素敵、抱いて!」って流れになるヤツじゃん!  これ、実質デートだよな?  クリスマスに二人でケーキ選んで家で食べるとか、お家デート以外の何物でもないよな!?  期待してもいいのか。このモテ男が、女子たちの告白を断り続けて、俺とクリスマスを二人きりで過ごしてくれるとか。ワンチャンあるだろ、これは。  いやいや、ねーだろ、冷静に考えて。  浮かれまくって変な妄想までしてしまう。さっきから言動がおかしくなってるから、三上に怪しまれる可能性がある。少し落ち着かなければ。下心は封印だ。  二回深呼吸したあと、スーパーで買い物した荷物を持って、先に歩き出した三上の後を追った。 「ただいまー」 「お邪魔しまーす」 「あーいらっしゃい、三上くん。おばさんこれから仕事行くけど、ゆっくりしてってね」 「ありがとうございます」 「浩二、冷蔵庫にポテトサラダ作って入れておいたから。二人で食べて。お兄ちゃんは今日帰ってこないから、二人で食べちゃっていいからね」 「おー母ちゃんサンキュー!」 「洗濯物と、出掛けるなら戸締りもよろしくね」 「はいよー」 「じゃあね三上くん」 「行ってらっしゃい」  相手が女なら誰でも王子モードになるのか、三上はニコニコ笑顔で母ちゃんを見送った。  俺はさっさと玄関の鍵とチェーンも掛けて、リビングに向かった。チェーンを掛けるのは、あれだ。もし万が一ワンチャンがあった時、万が一家族の誰かが帰宅してきて見られたら困るからだ。  何度も家に呼んでいるから、三上は勝手知ったる様子で洗面所に向かい手洗いうがいし始めた。  俺はその間にケーキと飲み物を冷蔵庫にしまった。  なんか、すげぇドキドキしてる。柄にもなく緊張してる。  現在、三時。昼は終業式後に軽く食べただけだから、パーティーを始めるのは早くてもいい。お菓子も沢山買って来たし。  三上が帰るのは多分九時くらいで、六時くらいから夕飯食べるとするなら、五時に唐揚げ作り始めれば――。 「お、今から仕込むの?」 「あ?」 「見てていい?」 「え?」 「いや、マジで包丁使えんのかなって思って」  カウンターキッチンの向こうから、三上が覗き込んできた。さっき母ちゃんに向けた笑顔とは違う、いたずらっ子みたいな笑顔だ。可愛いの極み。はぁー尊い。 「使えるに決まってんだろぉ?」 「ふーん」 「まずはエプロンして、袖捲って、手を洗うだろ? で、ボウルとまな板と包丁を用意するだろー?」 「はよ」 「えー、次に調味料を用意しまぁす。醤油大さじ二、酒大さじ二、砂糖小さじ一、生姜とニンニクはすり下ろしまぁす」 「料理番組かよ。次は?」 「テッテレー! とーりーもーもーにーくー」 「ぶはっ、全然似てねー」 「モノマネ、結構自信あったんだけど。じゃ、お手本どーぞ。はい」 「とーりー……俺にやらせんなよ!」 「ふへへ、出だし似てた」 「マジ?」 「ウソ」 「んだよー。ほら、手止まってんぞ」  三上がクスクス笑ってる。可愛い。  これもう完全に恋人同士じゃね? 実質俺たち付き合ってね?  付き合って同棲でもしたら、毎日こんな感じなのかもしれない。  下拵えを終えるまで三上は笑いっぱなしだった。  ああ、この時間がずっと続けばいいのに。

ともだちにシェアしよう!