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第7話・堀川
「あー、唐揚げ美味かった! 腹いっぱい!」
「俺も食ったわ。パンパン」
「マジで?」
「ほら見ろよ」
「うお、マジだ。つか腹の毛ヤベェな。マジでゴリラ」
「ちょっとぉ、三上くぅん。勝手にお腹触んないでくださいー」
「ちょっとくらいいいだろ。つか、お前は筋肉あるから全然腹出てないじゃん。俺の見ろよ、ぽっこり」
「うわ、本当だ。何か月ですかぁ? 男の子ですかぁ?」
「さすがにそこまで出てねーだろ、ボケ。撫で回すの止めろ」
「ケーキ入る?」
「別腹。つか、お前、甘いものあんま好きじゃねーよな。平気?」
「クリスマスと誕生日は別だろ」
「だよな」
「じゃ、ここ片付けてから食おうぜ」
「皿、重ねて平気?」
「適当でいいよ。三上は座って待ってろよ」
「え、いいって。手伝うし」
「いいって。俺んちなんだし。じゃ、ちょっと待ってて」
三上を部屋に残し、お盆に載るだけの皿を載せて階段を降りた。キッチンに入るとすぐさまお盆を置き、ガッツポーズをする。
やった! 三上の腹を触った……!
我ながら、ごく自然な流れだったと思う。男同士なんだ、あのくらい触っても変じゃないはず。手つきはやらしくなかったよな、大丈夫だよな。写真撮る時もしれっと肩に腕を回したけど、三上は別に嫌がってなかったし。あ、そうだ。写真、あとでパソコンにも送っとこ。
三上の肌、すべすべだった。もちもちして、手が吸い付いた。ずっと触っていたかった。堪能したかった!
つうか、この手、舐めてもいいかな。いいよな?
「何やってんの。あんだけ食ったのにまだ何か食ってんの?」
「ほあっ!?」
「残りの皿、持ってきた」
「お、おお! サンキュー!」
「ケーキ持ってく」
「ああ、じゃ、これよろしく」
「おー」
「何飲む? コーヒーとか紅茶とか、あったかいのにするか」
「あ、じゃコーヒー」
「りょーかい。先戻ってて」
「待った。お前、ここにポテサラ付いてる」
「え、どこ?」
「そこ」
「え、マジ? 取れた?」
「ふふっウケる。ほい、取れた。じゃ、コーヒーよろしくー」
ケーキの箱を抱えた三上の、階段を上る足音が聞こえた。
俺はすぐに湯を沸かさなきゃならないのに、それどころじゃなかった。
ヤベェ。勃起した。
ヘナヘナとその場に座り込み、震える指で唇に触れた。
三上の指の感触が、生々しくキスを連想させた。下唇の上を滑っていく三上の指。上目遣いの微笑み。
ポテトサラダを取った三上の指は、三上の口の中に吸い込まれていった。ちゅぽん、とかすかに鳴った音が、耳の奥でリフレインしている。
ヤバい、鎮まれ。
いや、無理だ。さっきの三上はエロすぎた。
速攻でトイレ行って抜いて、それからコーヒー淹れて持って行こう。
一階のトイレに駆け込み、急いでズボンを下ろす。
勢いよく飛び出したフル勃起チンポを右手で掴み、左手は唇に添えた。唇にはまだ三上の指の感触が残っている。
俺の無骨な手指とは違う、白くて細い指。舐めてみたい。気づけば口に指を差し込み、ピチャピチャと舐めていた。
右手は強めに、すぐにイけるように、俺の一番いいように擦る。さっきの脳内の映像と合わせれば、十秒もかからなかった。
あ、イく。イく。
三上にぶっかけたい。
あの綺麗な顔を汚したい。
「うっ……」
小さく呻いて、チンポの先を便器の中に向けた。俺の欲望はビュルビュルと吐き出され、嘲笑うかのように水に浮いた。決して実を結ぶことのない、俺の種。
小さく舌打ちしてそれらを流し、賢者タイムの間にコーヒーを淹れた。
三上が家にいるのに抜いてしまったのはこれが初めてだ。
やっちまった。バレてはないよな……?
洗面所で顔を洗って、下心も一緒に排水口に流して、二階に戻った。
「お、サンキュー。ウンコ?」
「やだぁ、聞こえてたぁ? もぉ恥ずかしぃ」
「食ってすぐ出るとか。ウケる」
「超優秀なんだよ。腸だけに」
「わーケーキ美味そーだなー」
「やだやだ三上くぅん! ゴリ美の渾身のダジャレ、無視しないでぇ!」
「つか、そのキャラなんなの」
「ゴリ美、四十二歳! 美魔女って呼ばれてますっ、きゅるん」
「ハイハイ。どうやって食べる?」
「えー、じゃあ、ゴリ美が三上きゅんに食べさせてあ・げ・る」
「あー! おまっ、マジで!?」
「え、なに?」
「アホっ! フツー、いきなり真ん中にフォーク入れる!?」
「駄目だった?」
「フツーさ、端からいくだろ。ほら。れいちゃんがお手本見せてやるから」
「俺、ゴリ美なのに、お前は黎人のれいちゃんってズルくね?」
「自分で言い出したんだろ。じゃ、いきまーす」
「ヒューヒューれいちゃーん!」
「ねぇねぇ、浩二くぅん、ケーキ、どこから食べる? こっちの尖ってかたぁいとこ? それともぉ、れいちゃんのお尻みたいなまぁるいとこ?」
「俺はれいちゃんのおっぱいがいいなぁ。ぐへへ」
「エロオヤジかよ」
「あっ、その冷たい目! おじさん、興奮しちゃう!」
「……」
「……普通に食うか」
「だな。ほら」
「え」
「あ……」
三上は、フォークに刺したケーキを俺の口元に向けていた。ぽかんとしたら、三上の顔がみるみる赤くなっていく。
「間違った……」
誰と間違ったんだよ。元カノかよ。元カノ達とはそうやって食ってたのかよ。
今は俺と一緒にいるのに。俺以外の誰かのことを考えてたのかよ。
無性にイラついた。三上の元カノたちの可愛らしい顔がチラつく。クソ。
三上の手首を掴み、ケーキに食いついた。すかさず俺も、ケーキを刺したままのフォークを三上に向ける。
「ほれ、三上。あーん」
「……ん。お、美味いなコレ」
「な、そんなに甘くないし、美味い。はい、もう一口」
「え、ちょ、デケェ、入んね……んっ」
「うひゃひゃ、鼻にクリームついた! イケメン台無し!」
「クッソ……アホゴリラめ! おら、これ食え!」
「え、え、それはさすがに無理だろ! ギャッ」
「あははは! ほら。あーん!」
「お前も食えよ! おらおら!」
「ちょ、堀川っ、やめっ、こっち逃げらんねーからっ、……ぁんっ」
「……」
「……」
いつの間にかクリスマスソングは終わっていた。無音の部屋で、俺は三上をベッドに押し倒していた。
俺たちは無言のまま見つめ合った。三上の長い睫毛は微動だにせず、大きく見開かれた目は俺だけを映していた。
どれくらい時間が経ったのか。ほんの一瞬だったのかもしれないが、俺たちの間に降りた濃密な空気は、スマホの着信音で霧散した。
「あ、俺のスマホだ」
「ん……」
「あれ、親からだ。なんだろ。ちょっと出るわ」
「ああ」
「もしもし? なに、お母さん。え? うそ、ええっ?」
三上は立ち上がって窓に向かい、カーテンを開けて焦り気味に窓も開けた。冷たい空気が入り、高まった熱を急速に冷やしていく。
俺はベッドに転がったフォークとケーキを片付け、シーツに付着したクリームをティッシュで拭きながら聞き耳を立てた。
相手の声は聞こえない。何の電話だろう。もう帰って来いって連絡かもしれない。
壁に向かって小さく息を吐いた。
「うん。ああ……多分、大丈夫だと思う、ちょっと訊いてみる。うん」
三上は窓の外に出していた顔を引っ込め、振り返った。俺を見て一瞬だけ目を泳がせたが、さっきキスができる距離にあった赤い唇は、予想外の言葉を発した。
「あのさ、悪いんだけど、今日泊めてくれない?」
「あ、え?」
「すげぇ雪で、電車運休したって。うち、車ないから、迎えに来れないって」
「え。マジ? ヤバイじゃん。全然いいぜ、泊まれよ」
「よかった……サンキュー。あ、お母さん? うん、堀川君、大丈夫だって言ってくれた、うん。うん、分かってるよ、うん、はいはい、分かったから。じゃあね。え? 代われって? あー……悪い、堀川。親が電話代わってくれって……」
「ああいいけど」
立ち上がり、三上に近づく。開いた窓から、前の家の屋根にこんもりと積もった雪と、勢いよく降る雪が、いつも見ている馴染みの景色を別世界の物へと変えていた。
受け取ったスマホからは、物腰柔らかな女性の声が聞こえた。おっとりと、迷惑かけてごめんなさいねと喋る三上のおばさんに、全然大丈夫っす、と力強く答えた。
夢、かな?
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