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第10話・三上
「なあ、堀川! 俺の声聞こえるー?」
「ああ、聞こえる! どうかした?」
「お前のお母さんから電話! さっきから何回か家電にもかかってきてんだけど。お前のスマホ持ってきた」
「おー、サンキュー。すぐ出るわ」
ドアの向こうからバタバタと音が聞こえ、少しして腰にタオルを巻いた堀川が現れた。
「サンキュー。何だろ。うげ、すげー着信」
堀川のお母さんは看護師だ。だから病院で何かあったのかと心配になる。スマホを弄った堀川が掛け直そうとしたところで、また着信音が鳴り響いた。
『ああ! もう浩二ったら、やっと出た!』
「何だよ、今風呂入ってたんだけど」
『あらそうだったの。外、すごい雪なの知ってる? あんた、三上くんをこの大雪の中、帰したんじゃないでしょうね!?』
「あー、泊まってもらうことにした」
『あらそう! 良かったわあ、お母さん心配しちゃった。三上くんにもお風呂入ってもらった?』
「ああ。さっき」
『そう! じゃあ、明日の朝ごはんも何か作ってあげるのよ?』
「分かってるって。母さんの分も作って置いとけばいいんだろ?」
『それは平気。お母さん、今日の夜勤のあと、病院で仮眠して日勤の手伝いすることになって。帰り夕方になるから』
「あー、そうなんだ」
『戸締りと火の元、しっかりしてね。じゃあね』
「ああ、頑張って」
堀川のお母さんは声が大きい。会話が全部筒抜けだった。
どうやら明日の夕方まで帰って来ないらしいと聞いて、複雑な気持ちが胸中を渦巻いた。
堀川と二人きりで一緒に過ごせるのは嬉しい。
でも、堀川にとっては俺は悪友なのが悔しい。
掛けられていたドアの鍵。腰に巻かれたバスタオル。
「サンキューな」
「お母さん、何かあったの?」
「いや、何でもねーよ。寒っ、風呂入り直すわ」
一応、聞こえてなかったフリをして、堀川に訊ねた。
明日夕方まで母さん帰って来ないから、ずっと二人きりだぜ、なんて言葉はあるわけもなく、苦笑した堀川は、俺を拒絶するかのようにドアを閉めた。
俺が身体をじっと見てたのがバレた?
視線が気持ち悪かった?
いやいや、なんか言われたら、毛が凄くて見ちゃった、とでも言い訳すればいい。実際、高校生とは思えない毛深さなんだから。
もしかしたら全裸を見られるかもって思ったんだけど、残念だ。
ああ、でも、バスタオル巻いた姿も良かったな……。
盛り上がった胸筋。寒暖差で勃ったのか、ぷくっとした小さな乳首。水滴のついた肌は瑞々しくて、ぱつんと張っていた。胸に生えた毛はヘソまでラインを描き、きっとその下にも続いているのだろう。
それに。バスタオル越しでも分かる、立派な股間のイチモツ。
あー!
なんで俺今、新品のパンツ穿いてんだろ……!
今頃、俺のケツは堀川の使用済みトランクスに包まれてるはずだったのに!
しょんぼりして、部屋に戻って漫画の続きを読んだ。
堀川のお兄さんの漫画だ。今は絶版しているらしい、古いエッチな青春ラブコメ。
主人公が堀川に似てるんだよなぁ。毛深いとことか、ゴリラっぽいとことか。男らしいとことか。
あと、顔に似合わず優しいとことか、面倒見が良いとことか。運動神経抜群、料理上手なんて特技もある。
そりゃ、可愛い女子たちも惚れるわ。女子の気持ちすげー分かるもん。
しかも。古い漫画だからか、結構生々しくエッチなシーンが載ってて、妄想が捗る。
女子の乳首も下の毛も修正なしで描かれてるし、チンポの形も丸見え。女子のそれらには興味ないが、主人公の血管の浮いた巨チンには思わず喉が鳴ってしまう。
ああ。俺も、この女子たちみたいに、優しいキスされてから、野獣のようにガツガツ掘られたい。あんあん喘ぎたい。好き好き言いたい。脚を絡めて、もっとしてっておねだりしたい。
風呂で解したケツの穴が、想像するだけでキュンキュンした。
またムラムラしてきた。
でもどうすることもできない。
テーブルの上に置いた豆乳のパックを手に取った。少し温くなったそれを、俺はまだ一口も飲めていなかった。そして、指先には堀川の唇の感触がまだ残っている。
堀川と間接キス……。顔が熱くなる。
ストローの先にそっと唇を寄せた。中身を吸わずに、ストローにキスしただけで、再びテーブルに載せた。
俺がこうして何度もキスを夢見ていることなんて、あいつは知らないだろう。
まあ、知られたら気持ち悪がられるだろうけど。
なんだか寂しくなってきて、堀川のベッドに潜り込んだ。
今日くらいいいだろ、クリスマスだし、なんて言い訳して。
遊びに来るたびいつも、ベッドに寝転びたいって願望を押し殺していた。堀川の匂いに包まれたいって変態的願望。
うつ伏せになって、堀川の枕を抱き締めて漫画を読んだ。
ああ、至福の時間。
しばらくして、堀川の足音が聞こえてきた。階段の軋む音の後、部屋の扉が開く音がした。
ベッドの中に入ってんの、怒られるかな、嫌がられないかななんて緊張して、視線は漫画に落としたままだ。
「ふー、気持ちよかったー」
「おー」
「お、あと一冊で最終巻じゃん」
「そーなん? 今日のうちに読み終わっかな」
「最後、めっちゃ感動するぜー?」
「え、マジ? この流れで?」
「それがさ、」
「やめろよ、ネタバレすんなって! ……!?」
「なんだよ、そんな怒んなよ」
「いや、怒んだろ、フツー。絶対ネタバレすんなよな」
「わかったよ」
「つか、寒いのになんで半裸なんだよ。服着ろよ」
「俺一年中風呂上がりはこの格好だし」
「真冬は風邪引くだろ……さすがゴリラ」
「ウホホッ」
全然怒ってナイ。むしろビックリした。そして、ありがとうって心の底から神様に感謝した。
ひょいと漫画を覗いた堀川が、上半身裸でパンイチだったから。
パンツ一枚だったから!!
なんだよそのエロい姿!!
ベッドの中から出られなくなっただろうが!
マットレスと俺の下腹部に挟まれたチンポが痛い。
クソ、不意打ちすぎる。
「三上はいつも何時に寝てんの?」
「あー、十一時とか、そんくらい?」
「ふーん。まだ眠くねぇ?」
「あー……もう十一時半過ぎてんのか。そろそろ寝よっかな」
状況に興奮して、全然眠くねーけどな。でも、勃起しててベッドから出らんねぇし、このまま寝たフリするのもいいかもしれない。
「おやすみー」
「え!?」
「えって何だよ。あ、ゲームでもする?」
「いや、そうじゃなくて。歯磨きしてから寝ろよ」
「あー、忘れてた」
「洗面所に新しい歯ブラシ出しといたから使えよ」
「いらねーよ。俺持ってるし」
「あ……そっか。お前いつも弁当食べたあと磨いてるもんな」
「そ。カバン中入ってる」
とは言ったものの、チンポが正常に戻るまで、俺はベッドから出ることができなかった。
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