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第11話・堀川
「じゃあ寝るか」
「三上はこのベッド使えよ」
「は?」
「だから、三上は俺のベッドで寝ろよ」
「お前は?」
「俺は兄貴のベッドで寝るから。うち、狭いから客用布団置いてないんだわ」
「え。マジか。毛布もらえれば、俺、その辺で寝るし」
「いやいや、それはねーよ」
「何? イビキうるさくて恥ずかしいとか?」
「かかねーし! 超静かだし!」
「なら、いーじゃん」
「身体痛くなんだろ」
「一日くらいヘーキだって」
「いや、でもさ……」
「だったらさ、一緒にこのベッドで寝ればいいんじゃね?」
「は?」
「ほら、早く来いよ。俺、壁側もらいー」
「あ、いや……」
「なんだよー。別に男同士だし、問題ないだろ?」
「あ? ああ、……そうだな。男同士だし」
「ま、ちょっと狭いけど。ほら、堀川」
三上はさっとベッドに潜り込むと、はよ、と言いながら隣を叩く。
いやいやいや。ちょっと待て。理解が追いつかない。絶対狭いし、男同士でもシングルのベッドでくっついて寝るとか、まずないだろって思うんだけど、俺の身体は誘われるように空いているスペースへと向かった。
風呂でシコってすぐに三上が来て、音聞かれてバレたんじゃないかって焦ったけど、その後のこいつは俺のベッドに寝転がってて、全然警戒してないことに安堵した。つうか、俺のがビビった。
ベッドに入って風呂上がりの俺を待ってるとか、実質結婚してるよな、俺たち。
あー、なんだこれ。どこかで俺の妄想の世界に入り込んだのか。
こんなラッキーなこと、立て続けにあるか?
サンタからのクリスマスプレゼントなのか?
使用済み歯ブラシはゲット出来なかったけど、新品パンツは明日絶対回収するから手元に残る。
三上の出汁が出た風呂の湯は流しちゃったけど、全身で堪能していい思い出になったし、ちゃっかり三上の使用したフォークや箸は洗う前に舐め回して充分味わった。
あとは、三上が俺のベッドに匂いを移してくれれば、って思ってたんだけど。
まさかの発言に、脇汗が止まらない。
いいのか?
三上はそれでいいのか?
俺はお前のケツを狙ってるヤローだぜ?
俺を誘ってる――わけはねーな。さすがにそれは夢を見過ぎだ。
恐る恐るベッドに手をつき、乗り上げる。軋んで沈むスプリングの音が今日に限ってエロく聞こえた。
うわ、スッゲェ緊張する。
毛布の間にゆっくりと身体を入れて、横になった。
三上は壁側を向いて俺にケツを向けている。
ふわふわの三上の髪がすぐ間近に見える。綺麗な後頭部。触りたい。
ベッドを揺らしてんじゃないかってくらい、大きな鼓動に不安を覚える。三上に聞こえてないだろうか。ヤバいくらいドキドキしてんのが、バレてないだろうか。
「電気消すかんな」
「あ、豆電球つけといて」
「何、真っ暗で寝れない派?」
「うっせ、いいだろ、昔っからそうなんだよ」
「わあ、黎人きゅんかわいいでしゅねー」
「……うっせぇな」
「エアコンは消していい?」
「いいけど?」
「寝てんとき、乾燥すんのがヤなんだよ」
「あー確かに」
「でも、お前寒がりだし、今日は雪だし、つけとこっかな」
「いいって。つか、俺はフツー。お前が暑がりなだけだよ」
「そうかぁ?」
「そーだよ、さっきまでパンイチだったじゃん。マジありえん」
「うち、兄貴も親父もだぜ?」
「ゴリラ一家かよ」
「ウホッウホッ」
「ふふ」
「何だよ」
「いや、こうしてんの、楽しいなって思ってさ」
「ウホホッ!」
「ゴリラごっこじゃねーよ」
「ウホッ?」
「語尾で感情表わすのやめろって」
「ウホッウホッウホッ!」
「もういーから」
「ウホッ……」
「ふはっ、なんだよウホッ……って」
「反省するゴリラだよ」
「反省……くくっ」
三上が肩を震わせて笑っている。笑うたびに、オレンジの灯りに照らされた柔らかい髪が揺れていた。
ああ、抱きしめたい。後ろから手を回して、ぎゅっとしたい。耳元に可愛いって囁きたい。
好きだって言いたい。
衝動的に口を開きかけたその時だった。
「俺さあ、実は……」
笑いが引いた三上は、少し硬さを含んだ声を出した。
表情は分からない。
「何?」
「うん……実は俺、小中って、あんま男の友達いなくて」
「……」
「だから、今日はスゲェ楽しくて」
「……」
「堀川と出会えて、仲良くなれて、マジで良かった」
「……」
「お前のお陰で、他のヤツとも仲良くなれたし」
「……」
「堀川?」
「……ふがっ……あ、何?」
「なんだよ、寝てたのかよ!」
「悪い、一瞬落ちてた」
「なんだよー。今俺、結構いいこと言ってたのに」
「え、なになに? もっかい言って」
「ヤダ。もー言わねー」
「えー、三上くぅん、おねがぁい」
「おやすみー」
「あ、ちょっと三上ぃ!」
「ぐーぐー」
わざとらしい寝たフリを始めた三上の後頭部に向けて、心の中で喋りかける。
全部聞いてたよ。でも、その言葉は今は聞きたくなかった。
だから、聞いてないフリをした。
もう少しだけ、夢を見ていたかったから。
友達以上の関係なんて、最初から無理だったのは知っている。
望みがないことなんて、分かっている。
でも。
俺のこと、十把一絡げの友達その一みたいに言うなよ。
せめて、『一番』だって言ってくれよ。
「俺は…………」
「……何、堀川」
「俺は、お前のこと、一番大事な、ダチだと思ってるよ」
「……そっか。サンキュー」
振り向きもしない三上の後頭部を見てるのが辛くて、俺は三上に背を向けて横臥した。
湿り気を増した俺の目に映っているのは、いつもと変わらぬ俺の部屋だ。
背中にかすかに感じる三上の熱以外、何も変わらない。
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