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8月
じわりと滲む湿った暑さに青は思わずため息をついた。
8月ともなれば、夜でも暑い。
ましてやこんな人混みの中に入ればなおさらだ。
8月中、毎夜屋台が並んでいるというのに今日もたくさんの人が集まっていた。
人混みも暑さも嫌いな青は一刻も早く帰りたかった。
しかし、帰りたい理由は他にもあった。
「舞、今日の浴衣かわいいね」
「本当?嬉しい。壮士にそう言ってもらいたくて、頑張って選んだの」
甘ったるい声に優しい笑顔。
目の前で見たくもない恋愛劇が繰り広げられていた。
青はげっそりとしながらも前を歩く2人について行く。
帰りたい理由がこれで、帰れない理由もまたこれだった。
「…あ、青君、大丈夫?」
「え?」
「なんか…顔色が悪いから」
隣を歩く舞の友達、咲(さく)が心配そうに見つめる。
「えっ青君体調悪いの?大丈夫?」
咲の声に反応した舞が振り返って、青の顔をまじまじと覗く。
それにつられて瀬戸も後ろを振り返った。
「青、大丈夫?」
「だい、」
「大丈夫じゃなさそうだよね?…あ、そうだ!咲、一緒についててあげたら?人混み少ないところで休憩してた方がいいよ」
大丈夫と言おうとした青を遮って、舞が咲に話しかける。
「えっ私!?いや、でもそんな…」
「もうすぐ花火始まっちゃうし、せっかくなら私、壮士と2人で見たいかな」
その台詞で、青も咲も、舞の言いたいことがわかった。
要は邪魔するな、という事だ。
「舞、さすがにそれは」
「俺なら大丈夫だから。咲と休憩してる」
見かねた瀬戸が声をかけるも、青がそれを遮った。
「…そう」
後ろ髪をひかれながらも舞と腕を組んで花火会場の方へ向かう瀬戸を見送る。
…何で自分はこんな事になっているのだろうか。
瀬戸の後ろ姿を見ながら、青はぼんやりとこの1週間を反芻していた。
遡ること1週間前。
青達4人は学校へ夏休み補習に来ていた。
進路によって補習クラスが違うため、早めに授業が終わった青と瀬戸は残りの2人を昇降口で待っていた。
そこで、瀬戸から急に夏祭りの話題を持ちかけられた。
「青、今週の土曜暇?」
「…暇だけど、何で?」
「じゃあさ、俺達と夏祭り行かない?」
「え」
瀬戸から誘われた。その事実に舞い上がってしまいそうになる青だったが、ふと立ち止まる。
「…『俺達』?」
三上と進藤のことだろうか。
そう思って瀬戸を見上げると。
満面の笑みで瀬戸が答えた。
「舞のことだよ」
その瞬間、青の体は硬直した。
…冗談じゃない。なんで好きな奴とその彼女がいる所に行かないといけないの。誰が行くかよ。
「…あー、悪いけど」
「思ったんだけどさ」
いつもより少し大きめな瀬戸の声に、ビクリと肩が跳ねる。
「そろそろ青も、彼女作った方がいいんじゃない?」
「…っ」
その言葉に、顔を逸らすことが出来なかった。
いつもより無機質に感じた顔に、声に、急激に体の温度が下がっていく。
…それを瀬戸が言うのか。
悲しみや怒り、どうしようもない虚無感が一気に押し寄せる。
気づいたら青は答えていた。
「…分かった。行く」
「…そう、よかった」
蝉の音がうるさい、じんわり汗ばんだシャツが気持ち悪い、アスファルトが眩しすぎる、吐く息も熱い、
…最悪だ。
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