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8月 夏祭り
「はい、お水」
「…ありがとう」
青と咲は一緒に人混みを抜けた後、誰もいない公園のブランコに腰を下ろしていた。
咲が買ってきた水を1口飲む。
スゥ、と清涼感が喉を駆け、気持ちも少し落ち着いた。
「…なんか、ごめん」
「えっ!いや、青君が謝ることないよ…!」
「でも花火見たかっただろうし」
「ここからでも見えるし大丈夫だよ、それより私の方こそごめんね」
咲は困ったように笑った。
「私がどうしてもって言ったから、舞が瀬戸君にお願いしてくれたの」
「…何を?」
一瞬固まった咲は、暫くした後、躊躇いがちに口を開いた。
「…青君と、夏祭り一緒に行きたい、って…」
だんだん尻すぼみになっていく言葉。
すっかり俯いてしまった咲は、首も耳も、真っ赤に染っていた。
…あぁ、成程ね。
全てが合致した青はスゥ、と目を細める。
女子を混じえた遊びには、今まで青は誘われたことがなかった。瀬戸は大抵進藤を誘っていた。
今回も、舞の他に女子が1人来ることは聞いていたけど、咲だとは思いもしなかった。咲とはあまり面識がなかったからだ。
「…咲は俺が好きなの」
あんな反応されて気づかないほど鈍くない。
青は率直にそう聞いた。
青の言葉に勢いよく顔を上げた咲は、顔を真っ赤にさせながら『えっ、いやあの…その、』を何回か繰り返した後、観念したのか静かに頷いた。
顔を真っ赤にして俯く咲。
ダークブラウンの髪の毛は綺麗に巻かれていて、薄化粧も勿体ないくらいの整った顔立ち。花柄の浴衣が良く似合う女の子。
…適うわけない。
青は投げやりに質問を寄こした。
「…俺達あんまり接点ないよね、何で?」
青の冷たい物言いに、咲は少し悲しい表情を見せた。
「…2年生の時、一緒のクラスだったの、覚えてる?」
「…うん」
「放課後、図書委員の仕事でよく2人とも図書室にいて、そこで喋るようになって…その、」
青の頭の片隅に、記憶が蘇る。
放課後、誰もいない図書室、心地よく揺らぐカーテン、そこから漏れる木漏れ日、目の前で楽しそうに喋る女の子―――
「…思い出した、」
そう呟く青に、咲は少し笑みを零した。
「そっか……咲と図書委員、…忘れててごめん」
「ううん、青君にとっては気にもとめないことだったろうし…」
「そんな事ない…楽しかったの、今思い出した」
ふ、と笑った青に、咲は再び顔を真っ赤にさせた。
そして、何かを決意したように青を真っ直ぐ見つめる。
「…青君、今好きな人いたりする?」
「…いないよ」
「…よかったら、付き合ってくれませんか」
青を見つめる咲の瞳は、真っ直ぐに青を撃ち抜いた。
真っ赤になりながらも一生懸命気持ちを伝えようとするその姿は、恋する女の子そのもの。
キラキラ輝いていて、自分と真反対で、苦しい。
「…ごめん、咲のこと、」
「好きじゃなくてもいい!」
突然立ち上がった咲は青の目の前に来て、か細い声で呟いた。
「…好きじゃないのはわかってる。わかってるから、チャンスをください」
浴衣をぎゅっと握り締めて、俯く咲。
青はブランコに座りながら、それをぼんやりと見つめていた。
女の子は、こんなにも可愛くて、綺麗で、儚い。
適わない、適うわけがない。
瀬戸は決して男なんか好きにならない。
報われない。
…なら、もうこの想いには蓋をするべきなのだろうか。
…前に、進むべきなのだろうか。
「…いいよ、付き合おう」
するりと口から出たその言葉に、青は何の罪悪感も感じなかった。心も痛くなかった。
「…ほんと?」
少し間を置いた後、嬉しそうにはにかむ咲を見ても、何も感じない。
「うん、よろしくね…さく」
「こちらこそ…青君」
家に帰った後、青は瀬戸にメッセージを送った。
『咲と付き合うことになった』
暫くして、返ってきたのは短い言葉。
『そっか。よかったね』
たったそれだけの言葉が、とても苦しかった。
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