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9月・文化祭2日目 2
「あ、壮士!」
遠くから、小走りで舞が走ってきた。
その後ろには咲が。
2人は今まで一緒に文化祭を楽しんでいたらしかった。
「舞」
「壮士!すごくいい場所見つけたの!そこでキャンプファイヤー見よう」
「うん。いいね」
優しい声。甘ったるい声。
わざとらしいボディタッチ。イライラする。
「…咲、行こ」
「あっ、うん」
瀬戸達に軽く別れを告げ、2人はキャンプファイヤーから少し離れた場所に腰を下ろした。
「…青君は今日、どこを回ったの?」
「甘いもの、食べただけ」
「青君甘いもの好きだもんね、何食べたの?」
「…生クリームだけ、とか」
青のつまらない返しにも咲は優しく笑ってくれる。
咲は本当にいい子。本当にいい子なのに。
「…咲は何食べたの?」
「私はね、……」
こんなにも近くに座っているのに、青はその手を握ることが出来ない。
ぽつぽつと、スローペースで会話が進んでいく。
会話が途切れたところで、炎の中心部が歓声に湧いた。
「…あ、音楽流れ出した」
一際大きく上がった炎の周りを、男女が一対になって踊っている。
その熱気がこちらまで伝わってくるような気がした。
…あ、
男女な輪の中に、見知った2人を見つけた。
一際目を引く2人。楽しそうに手を取り合っている。
「舞達、踊ってるんだね」
咲も同じ人物を見ていたようだった。
その声には、憧憬が滲んでいた。
「…そうだね、」
咲が確信的な事を言わないのをいい事に、何も気づいてないフリをする。
目先の2人は、輪から外れて、青達が座っている階段の一番下の段に座った。青の存在には気づいていないようだった。
声をかけようか一瞬迷ったが、辞めた。
というか2人の世界に入りすぎて声をかけにくい。
周りの生徒達がチラチラと2人を見ているにもかかわらず、壮士は舞の肩を引き寄せたり、手を繋いだりしている。
「…、」
これ以上見ていたくない。
壮士が彼女と「らしい」事をしているのを見るのは初めてではないが、分かっているのに、毎回傷ついてしまう。
強く下唇を噛んで俯いた。
「…青君?」
心配そうに咲が声をかける。
「…うん、大丈夫、」
数回深呼吸をしてから、顔をあげる。
その時視界に映った階下の2人。
仲睦まじいそのシルエットは、顔を合わせ、一瞬の間の後に──────────
「…っ、」
呼吸を忘れる。何も考えられない。考えたくない。
それでも、目をそらすことが出来なかった。
「…青君、」
どれくらいそうしていただろうか、不意に咲が青を呼んだ。
咲の顔を見る。逆光で顔がよく見えない。
「咲…?」
「もしかしなくとも、さ。…青君、壮士君のこと…好きだよね、」
ぽつり、と。漏らされた言葉に、思わず声を失う。
何も喋らない青に、咲は眉尻を下げてて微笑んだ。
「やっぱりそうかぁ…」
俯いた顔からは表情が読み取れない。再び顔を上げた時にはいつもの笑顔に戻っていた。
「別れよ、青君」
「…咲、」
唐突な別れの言葉に驚きを隠せない。名前を呼ぶので精一杯だった。
「…短い間だったけど、青君が私の事好きになろうとしてくれてることはわかってた。付き合わせちゃってごめん、不甲斐ない彼女でごめんね」
そんなことない、と首を振る。
彼女の目には、涙が溜まっていた。
「っ!」
その時に、青は初めて気がついた。
自分の行動が、咲を傷つけてしまっていたことを。
咲は最初から全部知っていて、それでも青のそばにいてくれたことを。
咲の顔が近づいてくる。青は避けなかった。瞼を閉じると、唇に柔らかい感触が触れた。
「…これで吹っ切れた。ありがとう、青君」
「…咲」
「…楽しかった、本当に。……大好きだったよ」
ふふ、と微笑んだ彼女は、スカートの土を払ってから青のもとを離れた。
何故か炎がぼやけて見えない。周りの声もはっきりとは聞こえない。急に、胸に何かが込み上げてきて堪らなくなった。
青はのろりと立ち上がると、重い足取りで教室へと向かった。
誰もいない、真っ暗な教室に着く。
自分の席に座って窓から外を除くと、遠くにキャンプファイヤーの炎が見えた。
「…、」
その炎を暫くじっと見ていたら、急に視界がぼやけた。
違和感がして自分の頬を触る。その時初めて、青は自分が泣いているのだと知った。
「あれ、…」
手で拭いたはずなのに、また頬に涙が伝っている。
拭っても拭っても、涙は零れ落ちてきた。
…咲を、傷つけてしまった。
1番酷い方法で彼女を裏切った。
涙を拭うことをやめた青は、脱力して机に突っ伏した。
大粒の涙が机に水溜まりを作っていく。
…何をしているんだろう。
勝手に瀬戸に嫉妬して、怒って、瀬戸を諦めるために咲を利用して。
この1ヶ月、短い期間だったが、青は積極的に咲と出かけるようにしていた。咲をもっと知るために、好きになるために。
恋愛対象でなくとも、咲は青の大切な友人となっていた。
だけど、今は2人とも、青の隣にはいない。
ドン、と腹に響くような爆音が轟く。
ワッと歓声が教室まで聞こえた。のろのろと頭をあげると、夜空に大輪の花火が咲いていた。
真っ暗な教室を隅々まで照らすような、眩しい花火。
それがあまりにも綺麗で、また涙が出てしまった。
「…帰ろ」
次第に生徒たちが教室へ戻ってくるだろう。
涙をごしごし拭いた青は、カバンを持って立ち上がる。
みんなが花火に夢中になっているうちに、裏門から学校を出た。
後ろで煌めく花火には見向きもしなかった。
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