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So What④

帰ったら、ユウジがめちゃくちゃニコニコしながらおかえり、と言ったからビックリしたのを通り越して引いた。 「・・・どうした?」 え、マジで女紹介されたの。 「買った」 見せられたのは、アコースティックギターだった。 「我慢できなくなっちゃってさ。お前が好き勝手にピアノ弾くの見てて、やっぱ俺もやりてえなって」 俺は、この時ほど音楽をやめないで良かったと思った瞬間はない。思わず顔が綻ぶ。 「へえ、いいじゃん」 それでバイト先に来てたのか。ユウジの音聞くの何年ぶりだろ。やべ、わくわくしてきた。 「弾いてみてよ」 「まずは、ユカリからな」 ユウジは姉ちゃんの写真の方を向いて、ギターを抱えた。その女の体の曲線に似た楽器にそっと指を添えて弦を弾く。 エリック・プラクトンのTears In Hevenだ。 ーーーーWould you know my name    《もしも天国で出会ったなら》     If I saw you in heaven    《君は僕の名前を覚えているのかな》 Would it be the same    《もしも天国で出会ったなら》 If I saw you in heaven    《前と同じでいられるのかな》 I must be stronge,    《僕は強くならなくちゃね》 and carry on・・・    《そして頑張って生きていかなくてはならないね・・・》 ギターを演奏するユウジの面差しは穏やかで愛おしさに溢れていた。 やっぱりまだ姉ちゃんにべた惚れじゃねえか。尻に敷かれてたくせに、あんな女のどこがよかったんだか。 折角の演奏なのに、嫉妬がぼんやりと胸に渦巻く。 久しぶりだからかユウジの手つきがたどたどしい。 でも、暖かい音だ。姉ちゃんやカホに話しかける声みたいに。 一番は大人しく聞いていた。ユウジの演奏と音をじっくり聴く。よし、これならいけそうだ。 俺は電子ピアノの前に座り、指を鍵盤に沈ませた。和音でベースラインを伴奏する。ユウジがパッとこっちを見て、それから微笑んだ。胸の奥がキュッとした。 それからユウジの指がメロディを奏でる。 ユウジと演奏するのはいつぶりだろう。 最後にユウジのバンドで助っ人をやったのは高1の時だったかな。 最初は合わせるのに必死だった。でもユウジのリズムに身を委ねていると、それに合わせて指が動くようになってきた。それがとても心地良い。 時々綺麗に音がハモるとこがあって、ああ繋がってんだなって思って、その度にユウジが笑って、 ああヤバイ。今、かなり幸せだ。 演奏が終わると、ユウジはギターを思い切り抱きしめた。 「あー、やっぱいいなあ!」 ガキみてえに目をキラキラさせる。 「当分は、コイツが恋人かな」 「浮気者。って姉ちゃんに殴られるぞ」 そう言いつつも、少しホッとしていた。しばらくは女の影に頭を悩ませることは無くなりそうだ。 「また一緒に演っていい?」 「もちろん。時々キレーにハモってたよな! 気持ちよかった」 ユウジは無邪気に笑う。 「そりゃよかった」 ピアノ、やめないでよかったな。 俺も当分、セックスよりこっちの方がいいかもな。

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