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Trac03 Whatever/オアシス①
『ーーーーどんなことをしたって構わないさ』
『ーーーー俺はそれを知っている』
オアシス/Whatever
今日は珍しく平日の昼過ぎに待ち合わせをしていた。
地下鉄の入り口から外に出ると公園に出た。公園と言っても、イベント用のステージがあるだけの広場だ。
めっちゃ天気が良くて、バイオリンの音色とリアム・ギャラガーの抜け感のある歌声に彩られた並木道を歩くのは爽快だ。
広場の隅のベンチに、携帯をいじってる奴がいた。両手でスマホを持って、多分音ゲーをやっている。
あいつかな。でも聞いてたのと違う気がする。メッセージ送ってみよ。
今着いたとメッセージを送れば、音ゲーをやってたヤツは手を止めた。やっぱアイツか。
「こっち」
声をかけたけど気づかない。あ、そうだ。
聞こえないんだった。
近づいて後ろから肩を叩くと、ビクッとした後、ちらっと俺を見て
「待ってて」
と言った。あれ?普通に喋ってる。
ヤツはキリのいいところでゲームを切り上げ、スマホの画面を切り替えた。スマホの画面にキーボードが並んで、素早くキーを叩いて画面を見せてきた。
『こんにちは。待たせてごめん』
俺の顔を見てニコリと笑う。なんていうか、チャラい。見た目が。
顔つきは無邪気で、口の両端が常に上がっている。茶色い瞳は好奇心を持って俺の顔をじっと見つめていた。茶色い長めの髪の間から、多分補聴器かな、それが見えていて、反対の耳にはピアスをしていた。
一見してジャニ系の大学生だ。ヤツは真木と名乗った。
「マジで聞こえないの?」
真木は顔をしかめた。あ、そうだった。
俺もスマホを取り出して、さっきのセリフをメッセージで送った。
『少し聞こえる。でも聞き取れない』
スマホの画面を見せてくる。
『喋ってたじゃん』
『中途だから。中学まで聞こえてた』
『セックスはできるの?』
ヤツは困ったように笑った。
『できるよ。聞こえないだけだから』
じゃいいや。
OKの絵文字を送る。真木はまたスマホを叩いた。
『メシでも食いに行く?』
俺はまた同じ絵文字を送った。
道路を渡ってファミレスに入る。
真木は料理を待っている間、音ゲーをやっていた。
今ハマっていて、聞こえなくても目で見てやっているらしい。俺もイヤホンで音楽を聴きながらスマホをいじる。視界に真木の指が入ってきて、トントンとテーブルを叩いた。
「何?」
『何聞いてる?』
スマホの画面を見せてきた。
『オアシス』
メッセージを送る。なんか一々打つのがめんどくさくなってきた。
『何それ(笑)』
『兄弟でやってるバンド。洋楽』
『知らない(笑)でも音楽は好きだよ』
マジか。ちょっと驚いて真木の顔を見ると、そのリアクションは飽き飽きだって顔をしてた。
『クラブ行くの好きなんだ。音が身体に響くのは分かる』
ふぅん。そうなんだ。クラブ行ったことないけど。
『サークルでクラブのイベントやるよ。来る?』
『めんどい。あと打つのもめんどい』
真木は笑って、メモとボールペンを出してきた。早く出せ。丁度頼んだものも運ばれてきた。
お互い黙々と食べ進める。真木は雑な野郎で、コップを机に置く音や食器が皿に当たる音が耳に障った。
『うるさい』
と書いて見せるとキョトンとしてた。あ、そうか。自分じゃわかんないのか。さっき書いたのを線で消すと
『教えて』
と俺のペンを取って書いた。
食器の音、と書くと、ごめん、と返された。
叱られたガキみてえにしゅんとしつつも、さっきより慎重に扱っていた。
割と素直なやつで好感が上がった。
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