20 / 31
Unravel③
「夕ってヤクザなの?」
そう聞けたのはセックスが終わった後だった。
夕は呼吸を整えながら首を振る。
「カレシがそう」
「俺、セックスしたらマズイんじゃねえの」
「もういないから大丈夫」
熱っぽさの残っていた青い目がすうっと冷えていった。
「皆も、俺が遊び人だって知ってるから」
皆ってのは何組さんのオトモダチなんだか。
夕は猫のように俺ににじり寄る。
「シャワー浴びよ」
冷たい目のまま口の端をあげる。
そんな気分じゃなかったけど、キスされて一通りアソコを触られればその気になってしまうのが男の性だ。
シャワーを浴びながら、また夕のナカに入っていく。夕の背中にはキリストを抱き抱える聖母が彫られていた。ピエタ像だ。
どこか俗っぽい聖母の顔はDaniを思い起こさせる。Rad Hot Chili pepperのシングル、Dani・CaliforniaのCDジャケット。悪女のDaniの死を悼む歌は、サイコな愛と嘆きに満ちている。
背中に口付けると、夕から鋭い視線が矢のように飛んできてギョッとした。
「ダメ。この人は俺のだから」
そう言うやけに人間臭い神サマの顔は、一体だれだったんだろう。
本番を二回連続でやるもんじゃない。流石に身体が重い。ベッドに転がる俺の隣で夕は寝てた。やっぱひっつきながら。そろそろ時間だし、服くらい着るか。
残り15分になった時、夕を起こした。
ぼーっとした顔で起き上がって、目を擦る仕草は寝起きのカホを見ているみたいだ。
ホテルを出る時、もう雨は止んでいた。
「またしようよ」
夕は微笑んだ。
「気が向いたらな」
「覚えててね」
ヤツは蝶がとまるような軽い感触のキスをして、手をヒラヒラさせながら帰っていった。
雨は止んだのに、ここから嵐のような展開が待っていた。
夜。
バイトが終わった後、駅に向かっていると
「お兄さんちょっといいですか」
人の良さそうな声が追いかけてきた。
キャッチか?振り返らず歩いて行くと
「いい度胸ですね」
と肩を掴まれた。なんだこれ。下手したらリンゴみてえに肩が砕けるんじゃねえかってくらいの馬鹿力だ。
足を止めてようやく振り向くと、肩を掴んだヤツの銀縁眼鏡から怜悧な視線が放たれていた。
その後ろの深海魚のようなやたらヤバそうなヤツらからも、冷たい目が光っている。
「すいません、少しだけ我慢してくださいね」
銀縁眼鏡はまったく笑っていない目のまま俺の背中をポンと叩いて路地裏に連れ込んだ。
そっからはもう最悪だった。
拳が肉を叩く音や骨が軋む音や体が壁や地面にぶつかる音が様々な音階で身体に響いた。
やり返そうとか逃げようとか思える訳がない。ケンカなんかしたことないし、アプリでヤバイ奴に当たっても選択肢は逃げる一択だった。出来たのは身体を丸めて頭と指を守る事くらいだ。
どれくらい時間が経ったのか、銀縁眼鏡は俺の髪を掴んで顔を上げさせる。人喰い鮫みてえに獰猛で虚な目に覗き込まれてゾッとした。
こっちはまったく動いてなくても汗びっしょりだっていうのに、1番張り切っていたヤツは汗一つかいていない。
「うちのモノに手を出したらダメですよ。それでは」
表情一つ変えず言い放って、いくつもの足音が通り過ぎていった。
起き上がろうとすると、背中がめちゃくちゃ痛くてすぐ地面に伏せてしまった。身体を丸めてたからそこが1番手酷くやられた。
携帯を取り出そうとしても肩から背中に痛みが走って無理だった。痛みが引くまでちょっと待つことにした。
あのビッチめ、アイツの言うことを信用した俺が馬鹿だった。
ともだちにシェアしよう!