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第7話
この人はもう絵本の中の王子様じゃない。おれの憧れじゃないし姉さんに相応しくない。
-vlam-
夢の国の王子様じゃないなら、姉さんを任せられない。姉さんは絵本の中のお姫様と同じなんだから。
「別れたくない…ほのかと居たい…」
おれを掴んでこの人はまたぼろぼろ涙を落とす。いい大人が泣くなよ。誰もが羨む絵に描いたような男だったのに。
「別れたくない…帰ってきて欲しい…帰ってきてくれ…頼む!せめてきちんと、話し合って、謝らせてくれ……」
もしかしてこの人、姉さんの現状知らないのか?旦那なのに?知らない?知らされてない?おれたちとは違う姉さんの新しい家族なのに知らないわけないだろ。じゃあなんだこれは。ただおれに許してほしいだけってことかよ。全部崩れ去った後もみっともなく情けなくいい旦那アピールしなきゃならないのか、本当に惨めな人だ。
「あんたってサイテーだな」
姉さんに相応しい夫 じゃないって自覚しろ。何から何まで偽物だ。じゃなきゃハリボテ。清純な姉さんにケツでパコりまくりの変態男が釣り合うわけがなかった。騙されてたんだよ、家族全員。
「許して…くれ、許して……」
「ケツ出せよ」
変態男は目を大きくした。意外だった?冗談なんかじゃない。姉さんの人生をぶっ壊したんだ。姉さんを裏切ったんだ。おれたちを騙してたんだ。おれがこの人をぶっ壊したって何の問題もない。
「早くしろよ」
目の前のエロ男は本当に四つ這いのままケツを出した。紙おむつを引いて開きっぱなしの穴が丸見えになる。海外の郵便物に押されてる赤いメダルみたいなスタンプに似てる。呼吸に合わせて中が出てきそうになって、ハルカはここにちんこ出し入れして気持ち良くなってたんだ。観察してたらいきなりそこが膨らんで赤黒い貝の中身みたいなのが出てきた。ケツにヤバい寄生虫を飼っているみたいにケツの中に戻ろうとするけど戻らない。白い尻が震えて、内股にいっぱい蚊に喰われたみたいな痕があることに気付く。きすまぁくだこれ。出てきちゃったケツの中身をこの人は自分の手で押し込んだ。ここ突っ込まれると気持ちいいらしい。
「ケツ自分でいじって」
何言ってんだ、おれ。腸の中の赤黒さにびっくりして頭がおかしくなったんだと思う。憧れてもいた姉さんの旦那に裏切られた悲しみでおれもぶっ壊れたんだよ。この人のケツ穴よりも深くね。
「それだけは、許して、くれ………許…本当に………すまなかった………もう、許してくださ、」
「惨めな人だな」
おれは袖を捲ると指を握ってハルカがパコパコしてた穴に腕を突っ込んだ。肘までの間の半分くらい入った。熱くて柔らかくて程良くきゅきゅうしてきた。
「あぎぎ…っぁがっぁぁ!」
四つ這いのまま変に動こうとして中まで引き攣っていた。気持ちいいんでしょ?自分でやっておけばよかったのに。手がぶつかる場所を押してやった。抵抗感がある。
「あひっ、ぁぁぐぐ!」
ケツ穴が悦いなんて嘘でしょ。でもこの人が苦しんでくれるのがいいや。長いストロークでちゃかぽこやってたらさすが変態男だけあってあへあへ言い始めた。
「そこだめ、そこ!っあひ、あひぃぃぃ!」
なんかごりごりしてるところ?だめって言われたらやってみないとなって。だってこの人に苦しんでもらわないと。
「そこあたりゅっあぎぎ!ぁぁっイぐっイぐっ!イぐぅ!ぉほぉぉぉ!」
悲しいよ、おれは。紙おむつもっと引っ張ってちんこ丸出しにしてやった。中途半端に勃ってる。ごりごり続けてやったら直下型地震かと思うほどビックンビックン、ガックンガックン痙攣してこの人はいきなり直下型地震の時の家の中のタンスみたいに倒れた。怖すぎ。白目剥いてヨダレ垂らして、呼んでやればすぐに起きたけど。変なクスリとかやってないよね?それこそ本当の意味で裏切りだよ。裏切ってばっかだな、この人は。
その人はむくりと起き上がっていきなりおれのジーンズに手を掛けるとおれのちんこに顔を埋め出した。マジでヤバい人だ。でもおれも勃ってた。あれよあれよと多分抵抗出来たのに内心ちょっと好奇心みたいな、まぁ大丈夫だろっていう感じでろくに抵抗もしないでおれのちんこが飛び出て、この人は流れ作業みたいに舐め始めた。AVだったらおれのちんこを上からキンタマまで見回して目をキラキラさせるところなのに。もしかしておれのちんこって小さいのかな。ハルカはおっきそうなのに。この人は陰茎 なら嫁さんの弟でも平気で手を出すんだ。本当に最低だな。でも姉さんが大事にしてるこの人にちんこしゃぶられるのは悪くなかった。あと普通に上手いっていうかかなり上手くてイくまで寄り道せず一直線って感じで自分でシコシコするのと全然違う。焦らすのも好きだけどそれで一気に気が散るってことも多々あって。舌の裏側のさらさら感と表のざらざら感がいい感じに使い分けられて、吸われる。裏筋ちろちろされるの気持ち良すぎて頭がバカになりそうだった。むくむく大きくなってすぐフル勃起でもうフェラのタイムアタックって感じ。ハルカにもしたのかな。搾り取られそう。ぬっぽぬっぽ音がして舌が巻き付いて、この人の頭が動く。喉奥で締まっておれも腰動きそうだった。中に出してみたい。
「んっ、ぐ……っくく、っ」
「ぁ…っ出そう、」
頭をちんこから離そうとするこの人の頭掴んじゃって喉奥に出してみたい好奇心に勝てなかった。喉奥が締まる。射精が始まって喉奥 出ししちゃう。びゅるびゅる、びゅるびゅる、って止まらなかった。姉さんに笑いかける嘘だらけの綺麗な顔にちん毛押し付けて、結婚式で女神様みたいに綺麗な姉さんにドラマティックにキスしてた詐欺師みたいな唇にキンタマ押し込んで、声の仕事の人みたいにかっこいい声してる喉奥にちんこ入れて、姉さんの弟汁出してる。喉に姉さんの甥っ子か、姪っ子デキたらいいのに。頭おかしな妄想は射精が終わると本当にバカらしく思えた。この人の喉奥におれの赤ちゃんデキちゃったら口から産むの?なんかバカっぽい。
「んんっ、」
AVの前戯みたいに変な声出して咳払いして、精子がやっぱりこの人の喉で赤ちゃん作ろうとしてるんだろうなって思った。もうぼーっとして何も考えたくない。姉さんのところ戻らなきゃ、って思ったけどハルカがここに連れて来てくれたの思い出して、でも姉さんの傍にいたいからやっぱり戻るって決めたのにいきなり眠くなった。ちんこすっきりしてるし頭もぼーっとしてるし身体もダルい。姉さんも寝てたベッドに横になる。もうおれはうつらうつらしてるのに、まだ出しっぱなしのちんこをこの人はまた舐めて、おれはちんこの穴吸われて、その後も何度も、何度も、何度も…中学生の頃に欲情 が止まらなくてずっとフル勃起して1日4回シコシコしなきゃならかった時もあったのに今じゃ2回でも多いほうだった。
「あっ…は、ぁ、あっ」
自分の手じゃないやつでちんこシコシコされてる。姉さん?姉さんの手かと思うと腰が揺れた。姉さんの綺麗で小さくて可愛い手なのに苦労してちょっと硬い掌。姉さんの少し汗ばんでる手の中に夢中で擦り付ける。姉さんのおっぱい飲みたい。姉さん、姉さん…口の中に何か入ってきて吸った。姉さんのおっぱいだ。ちゅうちゅう吸った。吸えば吸うだけ舌をぴろんぴろんしていってちんことはまた違う気持ちよさがあった。姉さんの赤ちゃんになれたんだ。姉さんがママなんだ。シコシコ、ちんこは気持ち良い。イっちゃう、って訴えても姉さんの手はやめてくれなかった。姉さんの手の中でどぴゅどぴゅ出しちゃって、もう全部出し切ったのに姉さんはまだやめてくれなかった。姉さんのおっぱいを強く吸う。なんか、口の奥まで入って曲がった。上顎中なら撫でられると気持ちいい。
「も…イけな、い…」
でもちんこはまだシコシコされてる。漏れちゃう。なんかいきなり漏れちゃいそうな感じがして唸った。まだシコシコは止まない。漏れちゃう!出ちゃう、なんかしょわしょわ、ってした。
「も、イけない……出、る、っやぁ、や、や、や、ぁ!」
下半身が濡れる。ちんこがビリビリして、でも姉さんの硬い手の中に擦り付けちゃってた。布団が捲れる音がして本当に眠くなる。姉さんのおっぱいがおれの唇をぴろんって遊んでいった。姉さん…
-ignis-
やった、やった、やった!やったわ、雪也さん。わたしは達成感にスキップするみたいに家に帰った。雪也さんの好きなローストビーフを作ろう。疲れて帰ってくるのだから、たまには奮発して。この前いただいたワインも開けようかしら。明日は休みですもの。平日 より少し遅く起きて、寝室のカーテンを新しく見に行こう。良いものが見つからなくてもいい、一緒に出掛けられるなら。――なんてあなたが知ったら怒るかしら。昼には外でファストフードがいいな。そうしたら雪也さんがまた1週間頑張れるようにご飯を作る。キッチンは何度もカタログをみて足を運んでわたしの好きな内装にしてもらった。雪也さんも喜んで要望に応えてくれた。手を洗う。事あるごとに手を洗うわたしの癖。乾燥するからハンドクリームを塗る。合わないやつは雪也さんがもらってくれた。ベルガモットの匂い。雪也さんが好きな。
シンクに落ちる水が赤く染まっていく。血生臭い。誰かが首を振ってわたしを拒む。見覚えのあるパジャマはわたしが買った、テディベアの刺繍が入ってる。
『旦那さんがさぁ、もう無理だってんだよ。だから嫁さんに相手してもらおうと思ってさァ……』
肉を叩き潰し骨を砕く、タケノコを齧ったような感じ。動画の中で蠢く誰かの陰茎 に棒が通されて抜き差しされて、聞き覚えのある声質が泣き喚いていた。
『夫婦で出たら稼げるかも知れませんよ?がっぽり…』
雪也さんと観た怖い映画を思い出した。部屋を暗くして、テレビがちかちか光って、少し高いピザを頼んでコーラも付けて、たまにはこんなのもいいね、なんて言いながら。わたしはクッションを抱きながら雪也さんは寄り添ってくれた。楽しかった長い連休。あの映画のピエロみたいにわたしも庭に埋めた。でも生かしてる。
『もうやめてくれ!妻には言わないでく、』
どうして?
『悪かった、謝っても許されないのは分かってる!でもこんな真似しなくたってい――』
庭に生えてたノースポールが真っ白くて綺麗で、毟り取ってうちの庭に植えた。部屋からよく見えるところ。1人流してしまって、もうそれからが難しくなったわたしに、雪也さんはそのうち犬を飼おうと言ってくれた。飼わないで里親募集の子をもらってくるのも良かったし、保護犬をもらってきてもよかった。庭は小さいけど芝生は青くて、季節で黄金色になる。きっとそこに建つ小屋は赤い屋根。わたしはどんな子が来るんだろうって思いながら洗濯物を干して、花壇に水を上げる。名前はもう付いてるのかな、それともわたしたちが付けるのかな。名前は用意しない。どんな子か見て、それからその子と雪也さんとで決める。休みの日は雪也さんが爪を切ったり、本当にたまに煙草を吸ったり、日光浴をしながらコーヒーを飲んだりしてる小さなベランダ。毟り取られたノースポールは場所を変えてもまだ綺麗に咲いていた。わたしはその下に雪也さんに酷いことをした人の内臓を埋めた。安心してね、もうあの人は雪也さんをいじめないから。犬を飼ったら、掘り起こされちゃうのかな。わたしはまだ雪也さんと2人でのんびりいたいから、本当は犬を飼いたいなんて思ってない。
『ケツの中なんて綺麗なピンクでさ』
子供なんて産んだら、わたしはその子がいじめられはしないか、その子がいじめてはしないかと不安になるんだ。わたしの子供が誰かを嬲るか、嬲られるか。嬲る側でいなさい。壊される前に。傷を負わされてものうのうと生きていけるんだから。家族と。笑い合って。何のリスクも負わずに。
『脅されたんです!脅されてッ』
すべてを白日 の下 に晒せたらいいのに。名前を変えて、消せない過去と不安に怯えて生きていくのは変わらない。腐ったリンゴの腐った部分だけ切り取ったらあとはすぐに食われるか、そのまま傷んでしまうか。中身を晒したまま、可哀想に。
嫌な夢だわ。目が覚める。雪也さんが頭痛か貧血か具合が悪いのかと心配してしまう。優しい人だから。明日はカーテンを見に行くのに。行けなくたって、覚えてくれているだけで。まだ寝ている雪也さんを起こさないと。でも雪也さんは他の人と一緒にいる。わたしの手は汚れた。2人の背中が消えていく。あの人は自分より少し背の低い子供みたいな若い子の顔を覗き込んで笑いかける。わたしにだけ見せていた。でもまた、この目で見られるなら不思議と満足な感じがした。あの人の傍に居られない。居たくない、こんな生臭い身体で。色んな人の肉を断ち切って、関係ない子供まで巻き込んで、何も知らずに暮らす奥さんまで不安にした。2人寄り添って並ぶ姿が歪んで滲んだ。もう傍に居られない。話しかけられない。あの人の名を呼べない。別にいい。好きな人だったから。好きな人と暮らして好きな人を想って選んだ道だから、このままお別れで。最高の地獄。あの人を想いながら堕ちていくなら。
また目が覚める。あの人がおはよう、って言ってくれる。泣いているのかと目元を拭ってくれる。少し怖い夢を見たの、なんて嘘を吐いた。優しいから、今日はずっと傍に居たいって言ってくれることを知っているから。俺も少し怖い夢をみたんだ。それなら今日は家に居よう。どこにも行かないで。カーテンもファストフードも今はどうでもいい。少し吊った目にわたしが映ってる。当分はそれだけで。あの人の好きなベルガモットの匂いが鼻の奥に留まる。わたしも触れたかった。夢の続きがそれを躊躇わせる。大きくて温かい手が迎えに来て、どうかしていたと思った。
-ėrable-
姉ちゃんのことが全部済んだというのに雪也さんのお嫁さんが事故に遭ったって言われてぼくは膝からがくん、って力が入らなくなった。リビングには車椅子に乗った雪也さんのお嫁さんがいた。双子のどっちかが黒くて長い髪をずっと梳かしてる。うさぎのぬいぐるみのオルゴールが鳴り続いて、雪也さんのお嫁さんの膝の上に置かれてた。階段から誰か降りてきて雪也さんだった。少し驚いた顔をしていたけどすぐにいつもの、ここに来る前の表情に戻った。
「悪かったな、色々世話をかけてしまって」
雪也さんはぼくにそう言うと雪也さんのお嫁さんの車椅子を押した。双子の片方もそれを手伝っていた。
「深秋も来るか」
「どこに行くの」
目の前をどこも見てない雪也さんのお嫁さんが通っていく。ベルベットとか何とかってやつの匂いがした。
「近くの川だ。散歩に連れて行ってやりたくて」
雪也さんのことを双子のどっちかが見つめていた。オルゴールが止められる。雪也さんのお嫁さんの手がうさぎのぬいぐるみを取り上げた弟さんの手を追った。意識はあるみたいだった。でもぼくのことを見ないし、誰のことも見ない。ぼくに気付いてるはずなのに声も掛けてくれない。
「ほのかはその曲が好きなんだ」
雪也さんは雪也さんのお嫁さんの墨汁流したみたいな髪を撫でた。ぬいぐるみを追おうとする手は双子のどっちかを困らせてた。
「でも周りの人がびっくりするからだめだ」
雪也さんは車椅子の横で膝を着いて下から雪也さんのお嫁さんのことを見上げた。雪也さんのお嫁さんは何の反応もしなかった。ただ大きくて黒い目はなんか反射してるだけで動かなかった。雪也さんは車椅子を押して双子のどっちかがぼくに近寄ってきて肩をぶつけた。それで姉貴から目を離すなって言った。
「君は行かないの」
「赤 ちゃんの世話があんだよ」
「赤 ちゃん?」
「上で寝てる」
双子のどっちかは車椅子を外に出すのを手伝うと2階に行っちゃった。ぼくは雪也さんを追う。雪也さんもぼくを待ってた。日の光を浴びて雪也さんと雪也さんのお嫁さんは本当になんか、ソシャゲのイラストとかファンタジーのゲームみたいだった。雪也さんは小さな庭を見てた。
「ここで犬を飼おうと思っていた。ほのかは覚えているか、分からないが」
ぼくも庭を見た。吠えない犬じゃないと難しいだろうな。隣の家と近いもん。
「覚えていなくてもいいんだ。俺が覚えているから。飼えても、飼えなくても」
太陽が眩しい。車の音がひゅんひゅん聞こえた。
「何の犬飼うつもりだったの」
「分からない。何も決まっていなかった。決めたくなかったのかも知れない」
「どうして?猫のほうが好きだったの?」
雪也さんは車椅子を押した。ぼくもついていく。
「俺はまだ2人で暮らしていくのも悪くないと思っていたから。犬も猫も好きだが…相手は動物だというのに妬かない自信がなかった」
白線の内側に車椅子を押す雪也さんを押し込んだ。
「君のほうの用事は解決したのか」
「うん」
それは良かったって雪也さんは言った。
「迷惑を掛けたな、色々と」
「全然だよ」
雪也さんは車椅子を押し続けてぼくも早歩きで追った。
「もう大丈夫だ。俺もしっかりしないとな」
ぼくはただ一言、うん!って言えなかった。たった一言なのに。肯定しておけばいいのに。
「だめだよ、無理したら」
どうしてそんな水?トゲ?を差すみたいなことを言っちゃうの。ぼくの口は言うことを利かなくなっちゃった。雪也さんもぼくを射すみたいな目で見てすぐそっぽ向いた。
「ぼくも居るんだし…」
「君はまだ若い。それにこれは家庭の問題だ。深秋を巻き込むわけにはいかない」
雪也さんはぼくを見てくれなかった。もう無言で、車椅子を押してぼくはそれについていくだけ。時々雪也さんは雪也さんのお嫁さんの様子をみたり足置くところを調節したりした。大きな川に着いて土手にはいっぱい木が並んでた。
「桜の季節にまた来よう」
雪也さんが雪也さんのお嫁さんに耳元で言ったのが聞こえた。この木、桜なんだ。銀杏だったら絶対臭くなるもんな。長い土手は大きくカーブしてた。小石も少しあって車椅子が揺れた。双子のどっちかが言ってたことが気になってぼくは雪也さんと雪也さんのお嫁さんから目を離さなかった。雪也さんは草が伸び放題の水の少ない川を見ていた。いつもの雪也さんだけどちょっと怖いなって思った。
家に帰ると双子のどっちかが玄関で待ってた。赤 ちゃんはまた寝ましたよ、なんて言ってやっぱり変な空気になって怖かった。雪也さんは雪也さんのお嫁さんを抱き上げて階段を上がっていった。双子のどっちかはぼくをちょっとだけ見てリビングのソファーに座った。疲れてるみたいだった。
「すでに知っているかも知れませんが一応言っておきます。別れるらしいですよ」
「えっ」
双子のどっちかは爪を見てた。ぼくは驚いて声を上げちゃった。双子のどっちかはぼくが知らないことに意外そうな感じはなかった。
「父と母と話したんですよ。姉貴はあの調子ですからね。雪也さんはまだ若いですし……姉貴も、多分それを望んでるんじゃないですか。知りませんけど」
双子のどっちかはぼんやり天井のシンデレラって10回言うやつで答える電気見上げてた。
「別れるって、雪也さんが言ったの?」
「割と潔く言いましたね。意識無い人の世話は面倒ですし。綺麗事や理想論じゃ片付きませんからね、仕方ない」
ぼくも口からタバコの煙がもくもくいうみたいに力が抜けた。
「嘘だ」
「どうですかね。分かりません」
双子のどっちかはソファーにぐったりしてた。雪也さんのお嫁さんにべったりなほうの弟のことも心配になる。
「もう1人の子はどうしてるの」
「上で寝てますよ。姉貴のこと大好きでしたからね。腹いせとばかりに雪也さんにばぶばぶするようになりましたよ」
双子のどっちかはへらへら笑った。なんか怖い。お化け屋敷に並んでる時みたいだ。
「姉貴から目を離さないでくださいね」
双子のどっちかはポケットからタバコを出してリビングから小さなベランダに出た。
「なんで…」
「おかしいんですよ。別れるって決めたくせに、カーテンがどうのこうのとか、来年は犬がどうとか。ご機嫌取りならそれでいいんです。伝わっているのかは知りませんがね。さっき行ってきた川、どうでした?大きかった?」
いきなり話が変わってぼくは少し混乱した。この人もクールぶってやっぱり姉ちゃんのことじゃ動転 ってるのかも知れない。ぼくだってそうだった。入院した時と死んだ時だけいきなりすごく大事なものに思えて、入院する前と寝たきりになってる間は本当に姉ちゃんの存在なんて些細なものに思えた。
「大きかったよ。自然豊かって感じだった。桜がいっぱい並んでる…」
双子のどっちかの顔が煙を吐きながらぼくを振り向く。モデルさんみたいだった。
「姉貴のこと頼みます。離婚が決まったんじゃ、オレたちはただの添え物ですから」
双子のどっちかはまた庭を見てた。煙がゆらゆら消えてく。ぼくは寝室に行った。双子のどっちかの姉貴から目を離すなって言葉が苦しくて重い。まるで雪也さんが信用ならないみたいだった。そうだよ、あの双子の弟たちは最初 から雪也さんのこと信用なんかしてない。オルゴールの音が聞こえた。ドアを開ける。心臓がちょっと重い。
「どうした、深秋」
ぼくはゆっくり顔を出す。別に普通だった。雪也さんは雪也さんのお嫁さんが寝てる傍に座ってた。双子の片方も雪也さんにちょっかい出してるくらいで。雪也さんの指しゃぶってたけどぼくを見たらいきなりやめた。
「う、ううん。何でもない」
カーテンの話がどうのこうのって双子の片方が言ってたからぼくもカーテンを見た。よくある普通のカーテン。どこが悪いとかない。窓の下が出ちゃってて縦のサイズが合ってないのか、そういうものなのかは分からなかった。だって雪也さんの家は洒落乙 だから。
「深秋も来るか」
「う、ううん。いいや。下でテレビ観る…」
「そうか」
雪也さんは笑う。その表情 大好きなのにな。なんか不安になって仕方なかった。姉ちゃんのことあって、きっとぼくも本調子じゃないだけ、きっと。またちゅぱちゅぱ聞こえて双子の片方が雪也さんの指吸ってた。
「何してんの」
「この人から姉さん吸ってるの」
「なんで」
「姉さんの味がするから」
「しないよ」
雪也さんは雪也さんのお嫁さんの弟を撫でた。赤ちゃんにするみたいに。双子のもう片方が言ってた赤 ちゃんって表現も間違いじゃないみたいだった。雪也さんと雪也さんのお嫁さんの子供って感じだった。雪也さんも満足してるっぽいからいいのかな。オルゴールの中で誰かのスマヒョの音がして雪也さんの指ちゅぱちゅぱしてる双子の片方が電話に出た。ああお袋?って言ってたから家族から来たみたい。うん、うんって少し沈んだ声で返事してた。分かったよってうんざりしたような声であんまり納得してる様子はなかった。双子くんは起きてぼくのところに来ると「代わってあげる」と言った。
「晴火くん」
出て行こうとした双子くんを雪也さんが呼び止めて勢いでぼくも雪也さんのほうを見ちゃった。
「ほのか、ほら。晴火くんが帰るって」
雪也さんは雪也さんのお嫁さんの頬っぺたを撫でた。双子くんは雪也さんの雪也さんのお嫁さんに触った手を取っていきなり掌をべろって舐めた。
「やめろよ。じゃあね、姉さん。ハルカも一緒に帰るから。また来るね」
双子くんは雪也さんのお嫁さんを見下ろしてた。ぼくはその背中を見てた。姉ちゃんの好き人 と背格好が似てた。怖いな。嫌だな。姉ちゃんの置かれてた部屋を思い出す。暗くて寒くて線香臭くて。双子くんは雪也さんと雪也さんのお嫁さんに背中を向けてぼくと向かい合わせになる。目がぼろぼろになってた。唇を噛んですれ違う。もう何も言わなかったし何も言えなかった。送れてちょっとだけモルモットとかマグネットとかいうグレープフルーツの王様みたいな匂いがした。
「深秋は大丈夫なのか、家のことは」
「う、うん。大丈夫だよ」
「……すまないが、暫く2人だけにしてくれないか。少し疲れてしまった。また明日、来てほしい」
「あ…うん。そうだよね。気付かなくってごめん。じゃあ、また明日」
雪也さんはありがとうと言った。ぼくは階段を降りた。双子のちょっとカラフルなほうが靴を履いていた。もう片方の双子はもう外にいた。ずっと目を拭いてた。子供が眠がるみたいに。すぐ近くにいる双子のちょっとカラフルなほうはぼくを見て意地悪く笑った。
「あんたも帰るんですか」
「2人にして欲しいって」
また双子のカラフルなほうは変な笑い方をした。
「オレはするだけしましたよ」
蛍光の黄色の靴紐を結びながら双子のカラフルなほうは言った。
「何を?」
「オレなりの、不安の吐露です」
「トロ?」
何を言ってるんだかよく分からなかった。双子の片方は玄関を出ると雪也さんのおうちを見上げていた。双子の雪也さんの指ちゅぱってたほうはまだ目を擦ってた。双子のカラフルなほうがまだ泣いてるほうの双子の肩を抱いて、乱暴に腕を触る。でもカラフルなほうの双子の目は2階を見上げたままだった。
「なんつーか、なんか。こういう日って雨なんじゃないのか」
変な人だなって思いながらぼくは双子が帰るのを見送った。ぼくはなかなか帰る気にならなくてぼさっとしながら庭に埋まってる白い花とか遠くの市街地を見てた。
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