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3『仰げば尊し』
老朽化による建て替えが決まった校舎の片隅に生徒たちが落書きをはじめたのはいつの頃からだろう。小さな願い事から名指しの告白まで種類は様々で、春には取り壊しが始まる。
壁に書いた『好きだ』の文字。
たくさんの落書きに埋もれてきっと気づかれることもないだろうと少し躊躇いながらも頭に「和真が」と付け足した。
あまりに不毛で決して口に出せない想いを持て余した俺の最後のあがき。
あと少し──卒業までで終わりにするつもりだった。
卒業式のあと仲間たちと別れて落書きの場所に立ち寄った。
以前より増えた落書きの数。俺が書いたこの走り書きの文字もきっと校舎が取り壊される時に粉々になって消えてしまうのだろう。
「雄也、何してんだ? おまえ大事な卒業証書忘れてるぞ?」
和真に手渡された卒業証書の筒の中で何かコロンと音がした。筒を開けるとなぜか金色の制服のボタンが出て来た。
「え。何これ」
「おまえにやるよ、俺の。そこの壁の告白、雄也だろ。クセ強い字だからすぐ分かった」
白い歯を見せた和真が壁に手を付いて俺に唇を寄せた。
「え?」
「え、じゃねぇ。キスまでしたんだ。分かれ!」
耳まで赤く染まる和真を見つめ、俺は手の中のボタンを握りしめた。
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