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8『惜春』
『出会いの春』?
いや『別れの春』だろう。
街角で希望に満ちた桜を見上げて、ムッとした。
あいつ……もうこの北の大地にはいないんだな。東京だなんて遠すぎるよ。
高校の同級生で、三年間同じクラスだった。
馴染んでいるようで馴染んでいない、多くを語らないひっそりとした男だった。
だから卒業後の進路なんて気にしていなかった。
まさか高校を卒業したら、いなくなってしまうなんて。
いつまでも変わらないなんて大間違いだ。明日のことなんて分からないじゃないか。
悔いがないように生きたいというのは、綺麗ごとさ。
人は結局は……後悔に塗れた人生を送るのが普通だろう。
あいつがいない大地に、当たり前のようにまた遅い春がやって来る。
俺はあれから……胸の奥に甘酸っぱい飴玉みたいに転がる想いを抱えたままだ。
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「実は……初恋は男だった」
社会人になり結婚式の二次会で友人に漏らした本音。
皆は笑ったけれども、改めて口に出せば本気だったと思い知らされた。
「ほら、帰るぞ」
帰り際、ホテルのロビーに見事な桜が飾られていた。
どこか懐かしさを感じる花のタイトルは『惜春』だった。
あぁ俺は惜しんでいたのか……何も行動できずに通り過ぎていったあの春を。
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