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8『惜春』

『出会いの春』?   いや『別れの春』だろう。  街角で希望に満ちた桜を見上げて、ムッとした。  あいつ……もうこの北の大地にはいないんだな。東京だなんて遠すぎるよ。  高校の同級生で、三年間同じクラスだった。  馴染んでいるようで馴染んでいない、多くを語らないひっそりとした男だった。  だから卒業後の進路なんて気にしていなかった。  まさか高校を卒業したら、いなくなってしまうなんて。  いつまでも変わらないなんて大間違いだ。明日のことなんて分からないじゃないか。  悔いがないように生きたいというのは、綺麗ごとさ。  人は結局は……後悔に塗れた人生を送るのが普通だろう。    あいつがいない大地に、当たり前のようにまた遅い春がやって来る。  俺はあれから……胸の奥に甘酸っぱい飴玉みたいに転がる想いを抱えたままだ。 **** 「実は……初恋は男だった」  社会人になり結婚式の二次会で友人に漏らした本音。  皆は笑ったけれども、改めて口に出せば本気だったと思い知らされた。 「ほら、帰るぞ」  帰り際、ホテルのロビーに見事な桜が飾られていた。  どこか懐かしさを感じる花のタイトルは『惜春』だった。  あぁ俺は惜しんでいたのか……何も行動できずに通り過ぎていったあの春を。

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