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11『観桜』

昔、恋をしていた。  好きになった人はそれまでにもいたけれど、愛されたいと願ったのはその人が初めて。僕より七歳年上で、やがて姉の夫になった人だった。 「愛してくれたんだよ。義理の弟としてね」 「先生ほどの美貌だったら、御姉様から奪うこともできたのでは」 「残念ながら、僕に言い寄ってくるのは同性を好きな男ばかりなんだ」 「なのに先生が好きになるのは……」  その人を思いながら何人の男に身体を委ねたか。あの頃はどうしようもないバカだった。あの頃、僕には春なんてやって来ないと思っていた。その話になると、きみは決まって意地悪く唇の端を持ち上げ、『先生、この国には四季があるというのに?』。  そういう意味で言っているんじゃないことぐらい、わかっていながら。 「好きでもない人に自分の身体を差し出すだなんて。先生が二十代の頃ですよね? 吾はまだ生まれてもいない。それに先生、『あの頃は』って言い切れます? 今だって……」  冷たい響きのその奥に甘さを含んだきみの声は嫌いじゃない。 「今だって、吾が舌を這わせれば先生の肌は桜の色に染まる。春でも秋でも、好きだの愛しているだの情があってもなくても、貴方の芯はちゃんと感応するんです」

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