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第4話

「……僕ね、人のココに降ってる雪が見えるんです」  考えすぎてめまいがしそうになっている俺に、少し大人びた笑みを浮かべ、自分の胸に手を当ててみせる晴。 「雪?」 「星哉さんのは、積もってだいぶ経ってて、ザリザリに固まっちゃってるんです。簡単には溶けないくらい。そこにまだ雪が降り続けている。それが寒々しくて放っておけなくて」  思わず自分の胸に手を当ててしまうけど、当然そこにはなにも見えないし冷たくもない。  それでも、その表現は妙に腑に落ちた。  積もって固まった冷たい雪。俺の胸の奥にいつもある、飲み込み切れない冷たい引っかかり。 「さっきコンビニでちょうど見かけて、うわー固まっちゃってるなーと思って気になって来ちゃいました」  そうやってあっけらかんと、あの妙な訪問の仕方の種明かしをする晴。思わず追ってきたはいいけれど、どう声をかけたものか迷ったがゆえの「セールス」だったらしい。  ダメ元すぎる雑な作戦だけど、やましい気持ちでほいほい開けた俺のせいで成立してしまったから直球勝負になったようだ。  曰く、俺の心の奥底に沈んでいる嫌な思い出が見えてしまって、それをなんとかしようとこいつが来た、と。  普通なら信じないそんなバカげた話を、それでも嘘だと言って追い払えないのは、晴の話す父親の話ですんなりとその姿を思い出すことができるから。 「普通は悲しいことがあって雪が降っても、そのうち段々とやんできて、積もった雪も徐々に解けていくんです。でも星哉さんのは溶けないくらい固まってずーっと冷たいまんまで」 「……そんな風に言われるほど大した出来事じゃないと思うけど。よくある話だし」 「でも星哉さんの中では重大なことなんです。でしょ?」  ゲイだとバレたりカミングアウトしたりして家族と分かり合えないことなんて山ほどある話だし、10年近く昔のことだ。……そうやって普段は忘れているけれど、ふとした時に思い出す。なにも言ってくれなかった父親の、俺を見る目。それを見て俺は両親ともに認められず捨てられるんだなと理解されるのを諦めた時、心の中の大事なところが冷たく固まった気がした。  それからまともな恋愛関係は築くことがなかったし、ちょっと好みの顔や体をしてる奴ならすぐ口説いてその場限りで相手にしてきた。  これからもずっとそういうものだと思っていたのに。 「その雪を溶かして、ココをぽかぽかにする春を売るのが僕の使命なんです。……なんて言い方すると偉そうですけど、せっかく見えるんだから誰かの役に立ちたいなって」  晴の言葉と笑顔で、冷たさが解けていくような気がする。  ただの気のせいかもしれない。そんな単純なものだったら、今まで引っかかり続けていたのはなんだったんだと自分でも思う。  それでも、やっぱり気持ちは楽になった。そしてそのおかげで当たり前のことに気づく。俺と父親の間には、時間と、分かり合おうとする気持ちが足りなかったんだって。  もうちょっと根気よく俺が待てれば、もっと関係性は変わっていたのかもしれない。その可能性があったんだってことが、なにより救いになった。 「……それってやっぱり、霊とかから聞いたのか? いるのか? この部屋に」  すでにこの世にいない俺の父親から聞いたというのならそういうことだろうとなんとなく声を潜めると、晴は少し気まずげに頭を掻いた。 「いるはいるんですけど、直接聞いたわけではないです」  なぞなぞみたいな答え方をされて、さぞ俺の顔が歪んでいたのだろう。晴は腕を組んで考え込むように口を尖らせた。眉間にしわを寄せて難しい顔をしているけれど、顔が整っているせいでどこか可愛らしい。

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