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第6話

「そうじゃなくて、なんか、お礼がしたい」  結局晴自身はなにも求めていない。  これじゃあ本当にただの人助けじゃないか。金を取ると言ったのは結局「後ろのお姉さん」で、本人は最初から取るつもりなんてなかったみたいだ。でも、そんなのに甘えられるほど、ここで起こった変化は安いものじゃない。  だって晴が家を訪ねて来なかったら、俺は一生あの言葉にできないわだかまりを抱えて過ごしていただろうから。 「ちゃんと、『春』売ってもらったから払わせて」  言葉通り、ちゃんと春をもらった。心の奥に降り積もった雪を溶かしてもらった。だからその気持ちを返したい。  ……というか、お礼はもちろんしたいんだけど単純に連絡先聞きたいしまた会いたい。これでバイバイなんてもったいない真似は絶対しない。  離す気のない俺の手に視線を落とした後、晴はなぜか反対の手で気まずげに頭を掻いてそっと目を逸らす。 「ええと、いつもはバイト代みたいな感じでちょっともらったりするんですけどね。一応僕にも生活があるんで。けど、星哉さんからはもらいたくないなぁ」 「なんで」  急に生々しいなと思いつつも、そりゃそうだとすぐに納得する。こいつの家がどういう事情でどうなっているのかはわからないけれど、生きている限り金はかかる。そして金は自然に生まれない。  最初からセールスだと言っていたし、能力の売り込みだったら見合った代価を取って当然だ。   でも、だったらなぜ俺にはタダなんて言ったのか。そしてなぜすぐに請求してこないのか。 「優しくしてくれたのが嬉しかったのも本当なんですけど……星哉さんがタイプなんでちょっとかっこつけました」  子供っぽい照れ笑いを浮かべてその理由を明かしてくれる晴。それはなんとも好ましい理由で、ならば余計お礼をしなくてはと掴んだままの手を引っ張った。  よろけるようにして距離の近づいた晴は、ぱちくりとまばたきをして俺を見ている。 「じゃあ、どうやってお礼する?」 「……ついでのセールスなんですけど」  お互いの距離が狭まった分、声を潜めて望みの答えを求める俺に応えず、晴はぼそりとそんな提案を持ち出す。  そして俺の後ろを見て、それから自分の右肩の方を気にして、今度はまっすぐと俺の目を見つめ。 「春だけじゃなく、晴はいりませんか」 「もらいます」  窺うようにとんでもなく可愛い申し出をしてくるものだから、即決でいただくことにしてその場に押し倒した。こういう時のために、毛足が長くて厚みのあるラグを敷いているんだ。今使わなくていつ使う。  頼むから親父がどっか行っててくれますようにと願いつつキスをすれば、若干のたどたどしさとともに熱いキスが返ってきた。初めてではないだろうけど、すごく慣れている感じでもないのがますますタイプだ。 「でもこれじゃあ俺が得するだけじゃないか?」 「ええっと、実はそうでもなくて」  正直なところ俺は最初からこのつもりだったけど、晴としてはメリットがないんじゃないかと少しばかり心配になって顔を起こすと、照れた上目遣いが返される。 「後ろのお姉さん、今はソファーの方にいますけど、実をいうと花魁さんで」 「花魁って、あのゴージャスな着物の? ……ああ、だから春を売ってるなんて言い回ししたのか」  確か江戸時代の遊女のトップを花魁というんじゃなかったか。いわゆる性のエキスパートじゃないか。そんなのが後ろに憑いているとなると、色んな意味で少し緊張する。……後でテクニックについてダメ出しされたらどうしよう。昔って男同士も嗜みだったはずだからそういう知識もあるんじゃないだろうか。  でも、だったら綺麗だし口も上手いだろうし、そんな相手だったからうちの父親も余計なことまで喋ったのかもしれない。  ……しかし、少し前まで心の雪だの幽霊だの疑ってかかっていたというのに、今となっちゃ納得するところしかない。 「そのお姉さんが、気持ちのいいことでパワーをもらえるらしくて」 「花魁の気持ちいいこと」  まるでエロ小説のタイトルのようだけど、そのものずばりエロということだろう。ということは俺と晴がすることで、感覚が繋がっている花魁さんもパワーがもらえると。それは確かに働いた報酬だ。  ただそれじゃあ晴の報酬は? と見つめてみたら、頬と耳を赤く染められた。 「僕も……気持ちいいのは好きです」 「よし任せとけ」  それが晴にとって報酬になるというのなら、もういいというまでとことん気持ちよくさせてやろう。能力を発揮してお互いの役に立てるなら、そんな好都合なことはない。  そんなわけで春を売ってもらったお代は、文字通り体で支払わせていただいた。  それが高かったのか安かったのかは、花魁さんに聞いてほしい。が、その姿が見える晴がなかなか起きないので、答えはまた今度。

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