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第32話

【弐】 「あれ? 今日は白鳥君、休み?」 「ああ、ちょっと風邪ひいたみたい」  唇に薄く笑みを浮かべ、当たり障りなく答えながらも、親しげに話す女の声に、(うるさ)いな……と、唯人は思う。  目の前に立つ女の姿に多少の覚えはあるけれど、彼女の名前も知りはしないし、話すのもこれが初めてだった。 「だったら、ここ座ってもいい?」 「どうぞ」  表情を変えずそう答えると、嬉しそうに微笑んだ女は、唯人の横の席へと座る。  座席指定では無いのだから、好きな所に座ればいいと内心唯人は思うけれど、それを言うのも面倒だから、何かを話す彼女を無視して始まる前に席を立った。  そのまま……授業を諦め外へと出ると、もう七月になったというのに、どんよりとした曇り空。いつ雨が降り出してもおかしくはない状況だ。 「さて……」  手早くメールを送信してから、唯人はスマホを鞄に仕舞った。空いてしまった午後の時間を、無駄に過ごすつもりはない。  本当は……相手から連絡が来るまで待っているつもりだったけれど、それにはそれで忍耐も要るし面白くないと気が付いたのだ。  元々、気の長い(たち)ではない。  すぐに返事は来ないだろうから、ゆっくりコーヒーでも飲もう……と、考えながら大学の門をくぐり抜け外へ出たところで、丁度今しがたメールを送った相手が歩いて来るのが見え、余りに早いその登場に流石に目を疑った。 「いくらなんでも早すぎない?」 「メール貰った時には、もうそこまで来てたから」  笑みを向けて話しかけると、いつもと変わらぬ様子で答える。どうやら午後から講義を受けるつもりで向かっていたらしく、肩には教科書を持ち歩く為の大きめな鞄を掛けていた。 「熱、大丈夫?」 「もう大丈夫……だから」  額に掌で触れようとすると、慌てたように体を引かれる。 「熱はもう無いから、だから、講義……」 「ダーメ。暁のせいで俺も講義受けられなくなったんだから、責任取って貰わなきゃ」 「なんで俺のせいに……」  反論する声を無視して「行くよ」と短く唯人が告げると、一瞬何か言いたそうに顔が歪むのが分かったけれど、その髪を撫で、「何?」と優しく耳の近くで囁けば……消え入りそうな小さな声で、「分かった」と呟いた。

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