59 / 188

第60話

「あれは、亜美が……通りかかって偶然見かけたんだ。それで、友達に話したら想像以上に広まって、怖くなったって俺に言ってきたから……だから、俺が見たって事にした」 「そうか……付き合ってたもんな」  樹は同級生の亜美と長い期間付き合っていた。  噂の広まった当時は付き合い始めたばかりだったから、大きくなった話に怯える彼女を守ろうとしたのだと言う。 「俺は噂を広めた張本人として、お前を孤立させなきゃならなくなった。体面を守るために。本当にすまないと思ってる。それを伝えたくて……」 「……言いたいことは分かった。けど、もう過ぎた事だから、俺から言えることはない」  真摯に謝罪し頭を下げる樹を断罪する言葉と、許す言葉がどちらも頭に浮かんでくるが、口には出さずにそう答えた。  三宅がまだ生きている内に、謝罪に行けば良かったとか、彼女を守る為の嘘ならば、それは墓場まで持って行けだとか、そんな言葉を告げたところできっと彼には意味がない。  樹が欲しいのは(ゆる)しだけだ。  三宅にはもう貰えぬ赦しを、暁に求めてここまで来ている。 (楽に……なりたいんだろうな)  優等生で人望も厚い人格者。  そんな樹が良心の呵責に耐えられなくなったというなら、暁としても納得がいく。 「そうだよな。今更こんなこと言われても、暁にとっては迷惑なだけだよな。俺、こっちに来てから亜美と別れて、それから一人で考えて、謝りたいって思った。それで、暁んトコのおばさんに電話で聞いたけど、答えて貰えなくて……じいさんにも電話したけど出なかった。だから、偶然会った時、すげー嬉しくて、でも、暁にとっては嫌な思い出でしかないもんな」 (春に電話があったって睦兄が言ってたのは、この事か) 「ああ、いい思い出じゃない。けど、俺はもうあの頃の俺じゃないから……許すもなにも無い。終わった事だ。噂を誰が流したかなんて、どうでもいい」  我ながら、冷たいと思ったけれど、それ以外に返事のしようが無かった。あとは樹が彼なりに、自分で消化するしかないのだ。 「そうか……分かった。俺、狡かったな。暁に赦して貰えたら、楽になれると思ってた。でも、終わった事だって言うなら……これからも、たまにこうして会ってくれないか? 暁の友達に戻るチャンスが欲しい」 「え?」  帰ろうと腰を浮かせたところで思いも寄らない事を言われ、暁は一瞬動きを止めて樹の顔を見た。

ともだちにシェアしよう!