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第64話

「そうじゃなくて、この車……唯が用意したの?」 「ああ、それでビックリしてたんだ。この車も運転手も、俺専属だから安心して」 「唯、お前……何者?」  彼のマンションを見た辺りから、ずっと感じていた疑問が……ようやくハッキリ声になる。  金持ちだとは思っていたが、まさか専属の運転手までいるなんて、正直想像もしていなかった。 「何者って、暁、面白い事言うね」  長い指が顎へと伸び、正面から向かい合うような形に無理矢理固定される。 「唯、前に……人が」 「平気だよ。彼はちゃんと教育された運転手だ。ここで何が起ころうと、外に漏らしたり絶対しない」 「そういう問題じゃ……んぅっ」  余りに唐突な展開に、彼からのキスを拒む事が出来なかった。 「……っ、唯、なんで?」  フワリと触れ合っただけですぐに、唇は離れていったけれど、彼の行動の真意が分からず暁は言葉を詰まらせる。 「嫌だった?」 「そうじゃないけど……恥ずかしい」  キス自体あまりされないから、ここで嫌とは言えなかった。人が居るのが気になるだけで、内心嬉しかったのだ。  そんな暁の心の中など見通している筈なのに、意地悪な質問をする唯人に逆らう術もない。 「可愛いこと言うね。そんなところも好きだけど、そろそろ次の段階に進みたくなった。暁は……俺の言う事、何でも聞けるよな」 「次の……段階?」 「そう。暁がもっと素直になる為に……ね。そうすれば、勝手に男と会ったりしないだろうから」 「それって、どういう……」 『勝手に男と会った』という発言が胸に引っかかった。  最近で考えられる相手は樹しかいないけれど、あの日唯人は用事があって関西に行くと言っていた。 「自分の物に勝手に触れられるのは、気分のいいものじゃない。例えそれが親戚やトモダチでも」  目の前にいる唯人の顔はいつもの笑みを浮かべているが、急に恐くなった暁は、僅かに後ろに体をずらす。

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