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第77話

「……綺麗」  声を出す度に喉が痛むが、それでも言わずにいられない。どうやらここは二階のようだが、バルコニーの端から降りられる外階段が見えるのは……きっとこの部屋に泊まる人が散策を楽しむ為の物だろう。 (今は……6時くらいだろうか?)  夏の日の出は早いから、すっかり明るくなってはいるが、それくらいの時間だろうと考え暁は空を見た。  雲一つ無い青空だから、避暑地とはいえ日中は暑くなるだろう。日もあまり高くなっていないから、多分それほど誤差は無いはずだ。 「おはようございます」  暫しの間立ち尽くしたままぼんやり景色を眺めていると、急に背後から声が掛かって、暁は驚きに息を詰めた。 「あ……おはよう…ございます」  振り返れば、細身のスーツを身に纏った男性が、丁寧なお辞儀をしてから暁の方へと近づいてくる。 「失礼します。執事の工藤と申します。中に着替えを用意させて頂きましたので、散策されるなら、お召し替えになってからが良いと思いますが」 「あっ、俺……すみません」  そこでようやく自分が素肌にシーツを巻いただけの格好だと思いだし、頬を染めて謝罪をすれば、「気にされる事はありません」と穏やかな口調で返される。暁は羞恥に身を固めながら、誘われるまま部屋へと戻った。  執事と名乗った男の年は、三十代半ばといったところだろうか? 身長はスラリと高く、キッチリと整えられた黒髪に、縁なしの眼鏡を掛けている。 「大丈夫ですか?」 「平気です」  ふらつく暁を気遣うような声を掛けてはくれるけど、手を貸すような真似はしないから、暁は内心ホッとした。  人に比べれば微々たる物かもしれないが、暁にも男としてのプライドがちゃんとある。 「散策をされるのは結構ですが、七時半に朝食をお持ちしますので、それまでにはこちらにお戻りください」 「はい。ありがとうございます」  着替えの場所を提示した後、それだけ告げると頭を下げて執事の工藤は出ていった。  残された暁は痛む体に鞭を打ち、いつもより時間をかけて用意されていた服に着替えると、服と一緒に置かれていた懐中時計に手を伸ばす。

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