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第78話
「六時半か」
思っていた時間はだいたい合っていたらしく、これなら庭に降りてみても、戻ってこられると暁は思った。
バルコニーから螺旋階段を使って庭へと降りてみる。体の節々が痛みを覚え、それすらかなり苦心したが、降りてしまえば勾配 も無く、歩くのもだいぶ楽になった。
池の畔 へ近づいていくと煉瓦が敷かれた小道があり、その両側を色とりどりの花が鮮やかに彩っている。
「……薔薇かな」
花の名前には詳しくないが、多分薔薇ではないかと思い、その一輪へ手を伸ばした時、背後から声をかけられた。
「おはよう。早いね」
「あ……おは…よう」
「これはイングリッシュローズ。庭に咲いているのは殆どそうだけど、俺はあんまり好きじゃない」
背後から体を覆うように手の甲をフワリと握られて、驚きと緊張のあまり暁の肩がビクリと上がる。
出来れば顔を合わせる前に、少しでも心を鎮めたかった。
「なんで? こんなに綺麗なのに」
「うーん、なんとなく……かな」
懸命に会話の糸を繋げるが、彼の曖昧な返答に……深く立ち入る事もできず、暁は言葉を詰まらせる。すると、肩へと顎を乗せてきた唯人が、耳朶を軽く犬歯で噛んだ。
「っな、なにする……」
「よく起きれたな。もしかして足りなかった?」
「……そ、そんなこと、無い」
そんな事はあり得ないと声を大にして言いたかったが、自分の痴態を思い出せば、自然と声に力が無くなる。
起きた時、ほんの一瞬、全てが夢だったのではないかと思ってはみたものの、手首に色濃く残る紐痕や、胸元に残る鬱血痕が、起こった事が現実であると如実に暁へと伝えてきた。
「意外にタフだね。普通なら歩くなんて出来ない」
「それは……」
彼の言う普通が誰を示しているのか想像して、それを尋ねる事も出来ずに暁は俯き花を見る。
彼の顔を見るのが怖くて、振り返ることも出来なかった。
「薔薇、気に入ったみたいだね。あとで部屋に飾るように言っておく。じゃ、行こうか」
「そんな……いいよ」
気を逸らす為に触れていただけで、気に入ったという訳ではない。
そんな事は言えやしないから、控えめに遠慮しようとするが、それに答える事はしないで、唯人は突然暁の体を反転させ、肩へと軽く担ぎ上げた。
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