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第83話

 暇潰しの道具として傍に置いてみたのだが、自分の挙動一つ一つに翻弄される姿は健気で、飼い慣らされた愛玩動物みたいに唯人の心を満たした。  どんな理不尽な仕打ちを受けても、笑顔を向けて優しくすれば、怯えながらもすり寄ってくる。  あとは……叶多と同じ轍を踏まぬよう、彼の全てを管理下に置けば、もっと愉しくなるだろうと唯人は思考を巡らせていた。  それなのに……今の唯人の胸には何かが引っ掛かる。 「あとは任せた」    執事の工藤へ一言告げると、返事を待たずに室内へ入り、クロークへと足を向ける。 「ペットが……主の全てを知る必要はないだろう?」  呟きに答える声は勿論ありはしないけど……はっきりと言葉にすれば、僅かに乱れた心が徐々に落ち着きを取り戻してきた。  *** 「息を吐いて。ゆっくり……そう、上手です」 「あ……あぁ……」  背中をさする掌と、落ち着きのある低い声。 過呼吸気味になっていた暁だが、真摯に響く工藤の言葉が不思議と頭に入ってきて……それに従い呼吸をする内、だいぶ身体が楽になった。 「失礼」  一言声が掛かると同時に、身体を軽々抱き上げられるが、抵抗する気力もない。  それだけ唯人の行動は暁の理解の範囲を超えていた。 「白鳥様、今すぐここから逃げられますか?」 「……え?」  耳の側で低く告げられた思いもよらない工藤の言葉に、素っ頓狂な声が上がる。  目を見開いて顔を見上げれば、真剣な双眸と正面から視線が絡んだ。 「今なら貴方を逃がして差し上げる事が出来ます。東京へと戻ったあと、唯人様の手が及ばないようにする手立ても整えられますが……」  淡々と、静かに紡がれる彼の提案に、暁の心は激しくざわめく。  なぜ唯人の使用人がそんなことを言うのか分からず、声も出せないで見詰めていると、困ったように微笑んだ工藤は部屋へと向けて歩き出した。 「唯人様は、頭も良く見目も優れていらっしゃる。色々な意味で稀有(けう)な方です。勿論、私達使用人は御園家に恩義があります。ただ、(あるじ)のいきすぎた行動をお(いさ)めするのも仕事です」  小さいけれど聞き取りやすい工藤の声が耳に響く。  時間が無いからすぐに決断するように……と、付け加えられ、混乱する頭で必死に暁は思考を巡らせた。

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