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第84話

「あの、ありがとうございます。でも、俺、逃げ……ません」  昨晩喘ぎ過ぎたせいで、声は掠れ、痛む喉は緊張のあまりカラカラに渇いている。  辿り着いた答えが合っているのかなんて分からないけれど、こればかりは、どんなに時間を掛けたところで、違う決断は出来ないだろうと考えた。 「俺は、唯を……少しでも、知りたいんです」  それは簡単な事ではないということは分かっている。  そもそも……他人の全てを知ろうだなんて、自分勝手なエゴでしかない。 (振り回されてばかりだけど……それでも、俺は……) 「分かりました」  事務的に響いた声に、気分を害してしまったのでは無いかと不安になるけれど、 「私はいつでも側に控えております。それだけは覚えていてください」 続けられた彼の言葉と、僅かながらに上がった口角を視界に入れ、工藤もまた、唯人の事が大切なんだと理解した。 「ありがとう……ございます」  きっと彼がいなければ、混乱するばかりで何も考えられなかった筈だ。  だから、小さな声で礼を告げるが、 「私は、礼を言われるような人間ではありません」 と、自嘲するように答えた工藤の陰りを帯びた表情を見て、その理由は分からないけれど絞られるように胸が痛んだ。 「では、服を脱ぎましょう」  室内へ入った所で、床へと降ろされ告げられる。 「自分で……」 本当は嫌だったけれど、脱がねば彼が叱責されると考えた暁が告げた時……部屋のドアが開かれた。 「工藤、まだ脱がせて無かったのか?」 「申し訳ございません。今すぐに」 「あっ……大丈夫です。自分で……」 「暁は何もしなくていいよ」  工藤に話す冷たい声音と、その対極の自分への言葉。 「失礼します」  結局……工藤によって全ての衣服が取り払われていく間、唯人の視線に射竦められたように身動きが取れなくなった。  下着を脱がされそうになった時には、流石にささやかな抵抗へと出てみたものの、 「工藤はもう見てるから、気にしなくていい」 と言われ、羞恥にガタガタと膝が震える。 (見てるって……いつ?) 「あっ……」  あくまでも事務的な動作で、ボクサータイプのパンツを剥がれ、立っていられなくなった暁は、膝からガクリと崩れ落ちるが、工藤の腕が身体を支えてくれたから……床に叩きつけられずに済んだ。

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