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第86話
【肆】
「暁、お前……また痩せた?」
ここのところ、連日バイト先へと来ては、声を掛けてくる樹に返事をすることは……今の暁には許されていない。
「なあ、暁、返事くらいしてくれよ」
大きくはないが悲痛に響く声を聞きながら、暁は小さくため息を吐いた。
いっそ怒って来なくなれば助かるなどと考えながらも、『友達に戻りたい』という言葉に傾く自分もいて――。
相反する二つの気持ちがせめぎあい、ここ数日は悩んでいたが、とうとう暁は樹の方へと顔を向けて口を開いた。
「迷惑だから……もう来ないでくれる?」
それくらいなら話をしても平気だろうと考えた暁が、なるべく冷たく言い放つと、流石に驚いたのだろう……樹の顔が強ばった。
「そっか。だよな……しつこくしてごめん」
急に弱くなる彼の声音に、絞られたように胸が痛む。
視線を逸らし、仕事に集中しているふりをしながらも、立ち去っていく樹の背中を見つめずにはいられなかった。
「大丈夫?」
ふいに、背後から声を掛けられて……ビクリと体を震わせた暁が振り返ると小泉がいる。
「すみません。平気です。アイツももう……来ないと思うんで」
「そういう意味じゃないよ。白鳥君が大丈夫かって話」
“そんな顔をするくらいなら、もっと話し合えばいいのに”
と小声で続けた小泉に、暁は首を傾けるけれどレジ応援のブザーが鳴った為、会話はそこで一旦途切れた。
(そんなに……顔に出てたかな?)
考えてみるけれど、既に答えは明白だ。小泉がそう言うのだから、隠しきれていなかったのだろう。
本当は……酷い事をされたとはいえ、幼なじみの樹を完全に切り捨てるなんてしたくないのだ。
だから、小泉にも分かるくらいに暗く沈んだ顔をしていた。
(でも、約束……したから)
唯人との約束は暁にとって絶対だ。
おかしいと思う場面もあるが、もしもそれを主張して、『なら要らない』と言われてしまえば、この関係は容易に終わる。
(なんで、こんなに……)
唯人を好きになったのか?
勿論最初は彼の外見に強く惹き付けられたのだが、暁がゲイだと知っても変わらぬ優しさに……益々のめり込んでいった。
思春期の殆どの期間、性癖を否定され、時には罵倒されてきたから、受け入れられたという一点で十分過ぎるほどだった。
それに、普段の唯人は暁を常に甘やかす。
(セックスも……してくれた)
ゲイでは無いと言っていた彼は、バイという人種なのかもしれない……と、考えたのは、自分が小泉の代わりなのだと気付いてしまった後だった。
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