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第87話
それまでの暁は男女どちらにも恋愛感情を持てる人が居るとは知らなかったから……夏にようやく買ったパソコンで調べてそれを知った時、改めて自分の世界の狭さと無知さを思い知った。
「お先に失礼します」
バイトを終え、裏口から外へと出ると、そこには自分を待つ人がいる。
「いつもすみません。待ちましたか?」
「いえ、今来たところです」
口許だけに笑みを浮かべ、答える長身の男は……ここへ来る時はいつも目深に帽子を被り、変装のような黒縁眼鏡を掛けていた。
「行きましょう」
促されて歩きだす。チラリと横を見上げると、カジュアルな格好をした工藤は髪を降ろしたせいか、軽井沢で初めて会った時より随分若く見えた。
「白鳥君」
角を曲がりかけたところで、すぐ背後から自分を呼ぶ声がする。
「いいですよ」
気遣うように目配せすると、答えた彼が少し離れた。
「はい」
声の主はもう分かっているから、脚を止めてから振り返ると……小泉と彼を迎えに来ていた須賀の二人が立っている。
「これ、木崎先生の絶版本。また一冊手に入ったから、白鳥君、読みたいかなって思って」
「ホントですか!? 小泉さん凄いです! これ……お借りしても良いんですか?」
「もう僕は読んだから。どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出された紙袋を手に取り、笑顔で礼を伝えれば、安堵したように微笑んだ彼が、顔を近づけ、声を潜めて、囁くように話しはじめた。
「元気になったみたいでよかった。足、もう大丈夫なの?」
「あ、はい。心配……かけちゃってすみません」
軽井沢から帰った後、バイト先でも多少引き摺ってしまってはいたけれど、気づいていたとは知らなかったから、驚いた暁は口篭る。
「ならいいんだ。あと……あの人、もしかして……唯の?」
「え? あ……はい」
そこから続いた唐突な彼の質問に……嘘を吐くだけの余裕がなかった。
だから……答えた後、神妙な表情を見せた小泉に、余計な事を言った気がして、暁の心臓が大きく脈打つ。
「そう……白鳥君、大丈夫?」
心配そうに聞いてくる彼は、何をどこまで知っているのだろう?
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