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第88話

 彼と唯人との関係を、聞きたい気持ちがわき上がるけれど、聞いてしまえば辛くなるような気がして勇気が出なかった。  それに、今の暁にはゆっくり彼と話している時間がない。 「平気です」  明瞭に、笑顔で答える事は出来ているだろうか?  今の暁には不安もあるが、覚悟は既に決まっているから、その言葉に嘘はなかった。 「分かった。悩みがあったら話して、いつでも聞くから」 「……ありがとうございます」  嫉妬心すら感じる相手の筈なのに、言われて嬉しい気持ちになるのは一重に彼の人柄だろう。 (やっぱり……俺、この人が好きだ)  挨拶をして手を振ってから、先で待つ工藤の元へと戻り、小泉と面識があったのかを尋ねると、 「やはり覚えておられましたか」 と、困ったように返されたから、この話はもうしないほうが良いだろうと暁は思った。  *** 「では、私はここで失礼致します」 「ありがとうございました」  唯人の部屋の前まで来ると、合い鍵を使いドアを開いた工藤がそう告げてくる。  いつも通りのやりとりをして、彼へと会釈を返した暁が、玄関へ足を踏み入れた途端、背後でドアが閉じられた。  聞けば、工藤は唯人の専属として同じマンションに住んでいるらしく、何時であろうが連絡があればすぐに駆けつけるのだという。 (俺は、何も……知らなかった)  唯人が誰もが知る財閥の直系だと知ったのも……最近の事だったから、以前より更に唯人との距離を暁は感じてしまっていた。 「おかえり」 「ただ……いま」  リビングへ足を踏み入れれば、美味しそうな料理の匂いが空腹な暁の鼻孔を擽る。 「夕飯、まだだろ? 用意させておいたから」 「ありがとう。頂くよ」  唯人は洋画を見ていたようだが、立ち上がりながら電源を切り、手を洗っている暁の腰へと背後から腕を回してきた。

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