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第102話

「工藤さんは、唯と一緒に行かなくて良かったんですか?」 「その唯人様から、白鳥君の身辺警護に当たるようにと言われたので、私としては命令に従うだけです。少し驚きましたが、唯人様の立場上、親しくしているご学友に危険が及ばないようにとの配慮だと思いますので、これも大切な仕事です。迷惑だとは思っていませんよ」  この一週間、聞きたかったけれどなかなか言えずにいた質問を、思い切ってしてみると……一瞬の沈黙の後、工藤は丁寧に答えてくれる。 「驚いた……って、どうしてですか?」 「ああ、つい口に出してしまいました。申し訳ありません。それは、唯人様が……」  引っ掛かった言葉について、暁が再度尋ねると、困ったような顔した工藤は、珍しく言い淀んでから、 「よろしければ……静かな場所で少し話をしましょうか」 と、すぐそこにあるカフェを指差し、柔らかな笑みを目元に浮かべた。  *** 「大学を卒業するまで、こういうのは無しって話でしたよね。会長からも、学生の間は学業に支障をきたさないようにする……と、了承を頂いていた筈ですが」 「それについては済まない。だが、状況は日々変わるものだ」 「在宅で出来る仕事だけでも、十分な利益を上げているはずです。こんな所まで呼び付けて、俺に何をさせるつもりですか?」 「それだけ大事な商談って事だ。これが纏まれば、御園は更なる発展を遂げるだろう」  言葉尻に毒を含めて無表情に尋ねると、目の前にいる父親は……年の割には若々しいが、やつれた顔に笑みをたたえ、悪びれる様子も見せずによく通る声で言い放った。 「それに、お前はまだ夏休み期間中の筈だ。いいか唯人、先方には今年17になる息子がいる。娘なら話は簡単なんだが……まあ、お前ならどっちでもいけるだろう?」 「言っている意味が分かりません」  近づいてきた父親の指に、顎を取られて虫唾が走るが、表情には一切出さずに自然な動作で退ける。 「7日間だ。あちらのご子息の家庭教師になる算段を付けたから、あとは上手くやれ」  それだけ告げると答えを待たずに父親は部屋を出ていった。

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