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第105話
だって唯人は
『自分から捨てるようなことはしない』
と、暁に明言した。
それに……本人に聞いた訳ではないが、唯人は今も小泉のことを心の奥で想っている。
「確かに……以前はそうでした。ですが、ここ最近、正直よく分からなくなっています。私が唯人様に仕え始めたのは、彼が小学生の頃で、当時……私には理解出来ない世界をお持ちなのだと思っておりました」
独白に近い彼の言葉に黙って耳を傾けていると、ふいにドアがノックされ、ウエイターが入室してきて、二人の前にそれぞれコーヒーとカフェオレを置いて立ち去った。
ドアが閉まって少ししてから、工藤は話を再開する。
「少し話は変わりますが……白鳥君は、何故、唯人様から逃げようと思わないのですか?」
「え? それは……」
逃げようなどと考えた事が一度もないから口ごもる。すると、彼はコーヒーを一口飲み、困ったような笑みを向けた。
「申し訳ありません。一介の使用人が、差し出がましい真似をしている自覚はあるのですが、客観的に見ていて、不思議に思ったものですから」
「不思議……ですか?」
「ええ、とても。ご自身で気づかれていますか? 軽井沢からこちら、食も細くなって、日に日にやつれています。このままでは、いつ倒れても不思議ではありません」
いつもはわりと事務的に、淡々と暁の世話を焼いている彼だから……面と向かって話をしたのは今日が初めてかもしれない。
(もしかすると……)
初対面の日、『逃げたいですか?』と聞かれた事を思い出し、もしかしたら、これまでずっと、自分の事を気に掛けてくれていたのではないか……と、暁はようやく思い至った。
「きっと、俺が唯を……好き……だからだと思います。正直、なんでこんなに好きになったのか自分でも不思議なくらいで……」
だから、出来るだけ真摯に答えようと暁は口を開くけど、考えが上手くまとまらない。唯人のことを思い浮かべ、言葉を紡いでいるだけなのに、頬が徐々に熱を持つ。
「恋人になりたいとか、そんな……大それたことは考えてません。ただ、今の俺には唯が一番大切で、必要……なんです」
話していて最後の方は声が勝手に震えてしまった。
そして……気持ちを声に出したことで、想いを強く認識する。
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