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第109話

『下がっていいよ』  掌を軽く振って告げると、頭を下げた工藤は静かに扉を閉めて部屋を後にする。  工藤は優秀な手駒だが、このゲームには使わなかった。だが、常に(かたわ)らで見守っていた彼が何を言いたいのかは、だいたいのところ分かっている。  そう……工藤にだけは見抜かれたようだが、最後はわざと手放した。  悠哉が部屋に入ってこようが、唯人にはまだ手があったのに、あえてそれを使うことはせず、長い時間を掛けて育てた小鳥を自ら手放したのだ。 (俺の物にならないなら……) “僕は……物じゃない”  途切れ途切れにそう訴えた叶多の声が、ふいに唯人の脳裏を過ぎる。  その言葉を聞いた時、取り戻した叶多が急に従順になったのは……悠哉が必ず来ると信じ、少しでも自分を油断させようと思ったからだと唯人は瞬時に理解した。 『要らない』  自分になつかぬ小鳥なら、飼っていたって意味がない。  長年(そば)に置いていたから、多少惜しくはあるけれど……1つの物を無くしたくらいで唯人の心は痛まない。 (痛まない、筈なのに……)  どういう訳か、締め付けられるみたいに胸が苦しくなった。  当時叶多に『好き』と告げたのは……その言葉を言えば思い通りになると思ったから。自分の言葉1つで簡単に支配出来ると思っていた。 (でもきっと、本当は……それだけじゃない)  自身の心を分析しながら、その口角は徐々に綺麗な笑みを象っていく。  初めて芽生えた感情に、強い興味を抱いたのだ。    唯人の父親は叶多の父を愛するあまり、彼が亡くなった後すぐに……叶多を閉じこめ陵辱した。  きっと、想いすら伝えられなかった臆病な父の心の(たが)は、最愛の人を失った事に耐えきれなくなったのだろう。  結局……二つの事件は会長である祖父の知るところとなり、謹慎代わりに何年間か日本を離れることになった。 「失礼します。あと20分ほどで着陸となりますので、シートベルトをお締め下さい」  窓の外を眺めながら長い回想に耽っていると、控えめな声が聞こえてきたから、唯人は軽く掌を上げ、乗務員に了を伝える。

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