110 / 188
第111話
「頼まれてない。俺が呼んだ。何度行っても無視するし、こうでもしないと二人になれないと思って」
低く響く樹の声。
こちらを見つめる瞳には……明らかにいつもとは違う色がある。
「こんなこと、されても困る。睦兄がいないなら……俺、帰るから」
メールにどんなカラクリを仕掛けて差出人を『睦月』の名前に変えたのか?
こんなに手の込んだ真似をして、暁と何を話したいのか?
尋ねたい事はあったけれど、あえてそれらを飲み込んだ。
樹とはもう会わないと……唯人と固く約束したから。
「暁、それは無理だ」
引き返そうと踵 を返すが、掴まれた腕を強く引かれ、そのまま体をソファーの上へと突き飛ばすように倒された。
「何……するんだ」
初めて見せた暴力的な行動に……急激に喉が渇いていく。
なんとか言葉を紡ぎながらも、本能的に危険を感じた暁はソファーから立とうとするが、乗り上げてきた樹の足に腕を踏まれて阻止された。
「……っ!」
「暁が……悪いんだ。折角話しかけてやったのに、俺を無視するから」
ジーンズの後ろポケットから、折り畳み式のナイフを取り出す樹を見て……暁の顔から一気血の気がにひいていく。
「座れよ」
すぐに足は退けられたけれど、明らかな命令口調と翳 されたナイフを見れば、従うしかもう道は無かった。
自然と体が震えだし、緊張に頭がクラクラする。
「お前、ホモで……俺のことずっと好きだったろ。学生時代、俺のこと見てたの知ってる」
「……違う。そんなこと、してない」
「嘘だ。クラスのみんなが気づいてた。あの……御園ともそういう関係なんだろ? キスしてんの見たし、写メもある」
空いている手でスマホを取り出しこちらに掲げる樹を見ながら、図星を突かれた事によって暁は明らかに動揺した。
「だったら……何? 樹には関係ない」
だけど、なるべくそれを悟られないよう精一杯の虚勢を張る。言葉通り、暁が同性愛者だろうが、そんなことは樹に全く関係ないはずだった。
「関係無くはないだろ。中学からずっとお前の気色悪い視線に耐えてきたんだぜ。詫 びの一つも欲しいところだ」
続けられた樹の言葉に目の奥がツンと痛くなる。
ともだちにシェアしよう!