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第111話

「頼まれてない。俺が呼んだ。何度行っても無視するし、こうでもしないと二人になれないと思って」  低く響く樹の声。  こちらを見つめる瞳には……明らかにいつもとは違う色がある。 「こんなこと、されても困る。睦兄がいないなら……俺、帰るから」  メールにどんなカラクリを仕掛けて差出人を『睦月』の名前に変えたのか?  こんなに手の込んだ真似をして、暁と何を話したいのか?  尋ねたい事はあったけれど、あえてそれらを飲み込んだ。  樹とはもう会わないと……唯人と固く約束したから。 「暁、それは無理だ」  引き返そうと(きびす)を返すが、掴まれた腕を強く引かれ、そのまま体をソファーの上へと突き飛ばすように倒された。 「何……するんだ」  初めて見せた暴力的な行動に……急激に喉が渇いていく。  なんとか言葉を紡ぎながらも、本能的に危険を感じた暁はソファーから立とうとするが、乗り上げてきた樹の足に腕を踏まれて阻止された。 「……っ!」 「暁が……悪いんだ。折角話しかけてやったのに、俺を無視するから」  ジーンズの後ろポケットから、折り畳み式のナイフを取り出す樹を見て……暁の顔から一気血の気がにひいていく。 「座れよ」  すぐに足は退けられたけれど、明らかな命令口調と(かざ)されたナイフを見れば、従うしかもう道は無かった。  自然と体が震えだし、緊張に頭がクラクラする。 「お前、ホモで……俺のことずっと好きだったろ。学生時代、俺のこと見てたの知ってる」 「……違う。そんなこと、してない」 「嘘だ。クラスのみんなが気づいてた。あの……御園ともそういう関係なんだろ? キスしてんの見たし、写メもある」  空いている手でスマホを取り出しこちらに掲げる樹を見ながら、図星を突かれた事によって暁は明らかに動揺した。 「だったら……何? 樹には関係ない」  だけど、なるべくそれを悟られないよう精一杯の虚勢を張る。言葉通り、暁が同性愛者だろうが、そんなことは樹に全く関係ないはずだった。 「関係無くはないだろ。中学からずっとお前の気色悪い視線に耐えてきたんだぜ。()びの一つも欲しいところだ」  続けられた樹の言葉に目の奥がツンと痛くなる。

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