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第122話
「たかがイロ……か。まあ、そうだろうな」
佐伯の言葉に頷きながらも、馬鹿な男だと唯人は思う。
高級ブランドのスーツを纏い、さも賢そうに話しているが、その中身は底の知れた薄っぺらいチンピラだ。
一度金を渡してしまえば、それをネタにして何回でもむしり取りに来るだろう。
「分かった。2日後に用意するから、取りに来い」
溜息混じりにそう伝えると、佐伯の顔が僅かに緩んだ。
「物分かりが良くて助かる」
そう言いながら口角を上げ、握手を求めてくるけれど……この男にもう用はない。
差し出された手を無視して唯人は立ち上がり、「失礼」とだけ言い残してから、工藤を伴い部屋を出た。
「宜しいのですか?」
「まあ、仕方ないだろうな」
エレベーターへと乗ったところで工藤が訊ねてくるけれど、明確には答えない。
「お前は今日から休め。暁も安定してきたし、俺一人で大丈夫だ」
「しかし……」
「工藤が心配するようなことは何もない」
何かを言い掛けた彼の言葉を封じるように切り返せば、それ以上のやりとりは無駄と悟ったように、
「休ませて頂きます」
と、工藤は深く頭を下げた。
この5日間……時間を悪戯に費やしていた訳ではない。
「お前の代わりはいない。だから、今はちゃんと休め」
口許に薄く笑みを浮かべ、告げた言葉は紛れもない本心だ。
以前の唯人は使用人の代わりなど、いくらでもいると切り捨てて来たが、5年前の事件以降、考え方が変わってきている。
「ありがとうございます」
固定されている工藤の腕が、骨折ではなく銃弾に貫かれたと聞いた時、流石に唯人の心中も穏やかとはいかなくなった。
自分の読みの甘さが彼を、死をも連想させる危険に晒すことになったのだ。
「ここでいい。とりあえず休んで、朝になったら病院へ行け」
時計の針は既に日付を跨いでいる。
部屋の前へと着いたところで、別室のカードキーを取り出し伝えると、驚いたようにこちらを見た後、礼を言いながらそれを受け取り、中へと入った唯人が扉を閉じるまでそこで頭を下げた。
部屋の前には屈強そうな男が2人。その他にも全館へと警備員を装ったSPが配置されているから、警備面では工藤に不安は無いだろう。
(きっと、工藤の心配の種は……)
それとは別のところにある。
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