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第135話

「あとは前歯、暁、イーして」 「んっ……うぅ」 「一回吐き出したい? でも、もうちょっと我慢」  薄く微笑む唯人を見ながら、眠りに落ちる前の記憶は、夢だったのではないだろうかと暁はぼんやり考える。  そうでなければ、あれほど怒っていた唯人が、こんなに優しく自分を扱う筈がない。 (あれは……夢、だった?)  夢にしては、かなりリアルな自分の記憶に戸惑いながらも、彼の歯磨きを受容していると、突然ドアが2度ノックされ、 「失礼します」 と耳覚えのある声がした。 「入れ」  唯人がそう返事をすると、一瞬の後、ドアを開く無機質な音が浴室内の空気を揺らす。  ドアの位置は唯人から見れば正面に当たるのだが、自分からだと背後になるから、声の主を確認しようと首を回して後ろを見、暁は驚きに息を詰めた。 「……っ!」 「すぐお使いになられますか?」 「ああ、持ってきてくれ」  声から予想していた通り、そこに居たのは工藤だったが、右手に銀のボウルのようなものを持って立つその姿は……明らかに、いつもの彼とは見た目の様子が違っている。 「失礼します」  唯人へ小さく頭を下げ、(かたわ)らへ脚を進めた工藤は、浴槽の脇に膝をつき、ボウルを一旦タイルへ置くと、その中からコップを取りだし、それを暁へと差し出した。 「どうぞ」 「……んぅ」  口腔内には出せない唾液が溜まっているから、返事もろくにできやしないが、それでもコップを取ろうとすると、自分の右手が思うように動かない事にふと気づく。 「まだ寝ぼけてるみたいだな。何度も言ったろ? 右手首は骨折してるから、動かせないって」  呆れたような唯人の声。  言われてみれば、そんな言葉を聞いたような気もするが、ここ数日の記憶のほとんどは夢か現実か曖昧だ。 「暁、自分の腕、ちゃんと見てみな」  更なる声に促され、視線を腕へと移動させると、ギブスの巻かれた右手首にはビニールのような物が巻かれ、浴槽の縁へ置かれていた。 「白鳥君、ここに出していいですよ」  唖然と腕を見下ろす暁の顎下へと……ボウルをスッと差し出した工藤が柔らかな声音で告げてくる。

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